ナンジャモンジャの木の下で

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 早朝4時。朝靄が立ち込める静かな飛行場。真っ直ぐに伸びる滑走路。  日の丸をまとった特攻機の鼻先が、白々と明るくなりかけた空を見上げている。  出撃壮行式前。佐藤と勇気はナンジャモンジャの木の下にいた。何を話すわけでもなく太い幹から四方に伸びた枝を、ただじっと見上げている。  いつも着なれた特服がいつになく重く感じるのは、出撃前の緊張のせいだろうか。  勇気は深く息を吸い込んで瞑目すると、ふわりと何かが鼻に降りた。  目を開けると、花弁が頬をそっと撫で落ちていく。その横で佐藤も目を閉じていた。  「昨夜はわるかったな」  背中で声がするので振り向くと、特攻帽を目深かに被った稲辺が立っていた。  彼は泣き腫らした目を航空眼鏡の下に隠し、はにかみながら2人に近付くと手を伸ばしてきた。  「埋め合わせはさせてもらう。よろしく頼む」  訓練中、意思の疎通がうまくいかず口論になった後、稲辺はいつもそう言って謝ってきた。  一晩で気持ちを切り替え、最後の時もいつものように振る舞ってみせる。揺るぎないその強さが、稲辺らしかった。  佐藤が短く笑って握り返す。   「そんなものはもう必要ない。今日はよろしく頼む」    稲辺は勇気に向き直ると、自分から勇気の手を強く握った。  「今日ばかりは下手を打つなよ。こわくなったら大声で叫べ。腹に力入れて、全身で操縦桿を押せ」  人一倍臆病で不器用な勇気は、いつも稲辺に怒鳴られながら訓練に励んでいた。  これが本当に稲辺の最後の指導だと思うと、熱いものが込み上げる。勇気は彼の手を強く握り返した。    「はい。必ずやり遂げます」  召集の合図が基地に鳴り響く。  白い花弁の風の中、彼らは黒ずんだ手袋の拳同士を突き合わせた。
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