ナンジャモンジャの木の下で

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 大空に編隊飛行する3機の特攻機。  真ん中で、先頭に出て飛行する佐藤。その両側に続く稲辺と勇気。    窓越しの太陽は手に届きそうなほど近く、ジリジリと熱い光が降り注ぐ。空は悔しくなるほどに、真っ青だった。  前方にうず高くもり上がった入道雲が見えてきた。その方角の雲の下に、米艦隊がいる。  時刻は6時25分。ほぼ定刻どおりだ。  佐藤は深呼吸すると、手信号で彼らに合図を送る。彼らは雲の下へと、ゆっくり操縦桿を下ろしていった。  ドォーン!ドドォーン!  機体の下に、青灰色の海原を突き進む黒い不気味な怪物を見つける。米艦隊だ。  途端に耳を貫く轟き音と共に、勇気達の機体の列に大きな火の玉が飛んできた。  すでに米艦隊の頭上では、先に着いていた零戦による攻防戦が始まっていた。  蜂の大群のような音と爆発音。炎に巻かれて、紙吹雪のように散る日の丸。  艦隊から伸びた黒い機関砲が縦横無尽に動いて、容赦なく砲弾を発射する。    勇気達は機体の腹を返し、四方八方に散りながら被弾を回避する。  勇気は全身から生温い汗が吹き出していた。口の中が完全に乾いて、恐怖で今にも気を失いそうだった。強く握りしめた操縦桿を、必死に動かし砲弾を避ける。  佐藤さんと稲辺さんは何処にいる?  もはや、彼らを探す猶予など一刻もない。    突如、思いも寄らない角度から砲弾が勇気の右の翼に猛然と向かって来た。  ドッドドッドドドッ! ドォーン!   耳を突き破る音がすると、何かが激しく爆発する。  勇気の機体のすぐ上で、稲辺が迎撃していた。   けれども何か様子がおかしい。彼の機体の右の翼が、突然火を吹いた。黒い煙が、空へ流れていく。  稲辺は勇気の目線まで機体を下げると、手信号を送る。  ──さ、き、に、い、く、ぞ  親指を突き立て、ニカッと口の端を引き上げて見せた。  「そんな稲辺さん! 稲辺さん!」  勇気は大声で叫んだ。  稲辺が視線を前方に戻すと同時に、彼の機体は大きくひるがえり急降下する。瞬く間に米艦隊のど真ん中に突撃し、命中した。  激しい爆発音と、立ち昇る真っ黒い煙と真っ赤な炎。焦げくさいにおい。  「稲辺さん・・」  勇気の瞼から大粒の涙が溢れ出した。それでも容赦なく敵艦からは、砲弾が放たれる。  それからすぐだった。勇気の右前に、佐藤の機体が降りて来た。  ほんの僅かな瞬間。佐藤が機体の窓を開けると何かを散らす。勇気の機体の窓に、白い何かが張り付いた。あの白い花弁。  佐藤はそれに指を差すと、手信号を勇気に示した。    ──ま、た、あ、お、う、あ、の、き、の、し、た、で  勇気はしっかりと言葉を捉えた。    『ナンジャモンジャの木の下でまた会おう』  「佐藤さ・・」  怒涛のように流れる涙で、視界がぼやけてしまう。勇気は、もう声を発する事ができなかった。  佐藤は出撃の合図を示すと、一気に急降下を開始した。  勇気の足元で、陽光に照らされた日の丸の鼻先が、海原に浮かぶ敵艦を目掛けて突っ込んでいく。  モクモクとふくれあがる黒煙と炎が、佐藤の機体をのみ込むと、爆音を轟かせ鮮やかな赤と橙色の炎を高く上げた。  米艦隊はのべつ幕なし、あとに続く他の特攻隊達の突撃で猛火に包まれる。  仲間の最期を目の当たりにした勇気は、体の震えが止まらない。恐怖なのか悲しみなのか、頭の中が混乱でもんどりうっている。  息を吸っているのか、吐いているのかもわからない。荒い呼吸音と、白くくもる航空眼鏡。  ──俺も、俺も行かなければ  汗でベッタリ張り付く操縦桿を握りしめ、心の中で囁いた。  ──なっちゃん、見ていてくれるか? 俺は君を病から救えなかったから、せめてこの国を守ろうと誓ったんだ。もう俺は泣き虫なんかじゃない。  勇気は腹に力を込めると、グッと歯を食いしばり操縦桿を全身全霊で押す。  窓枠いっぱいに近づいてくる敵艦を睨み付けながら、大声で叫んだ。    ドォーン!   砲弾が目の前で弾けると、勇気はギュッと目をつむった。
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