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【0、新月】
「──綺麗ね。泣きたくなるほど」
月の出ないこの日に限っては、城下街といえども人の通りは少なくなる。でも、今日は浮かれ歩く人の頭が無数に見える。空には月の代わりに無数の暖かな光が昇っているから。
夜空に浮かぶ、無数の光が川のように伸びていく。濃淡様々なオレンジの光が天高く、チラチラと瞬きながら上へ上へと昇ってゆく。あの光は、どこまで行くのだろう。
それを確かめることも無く、目からまた涙が零れ落ちた。
毎年の行事なのに今年の光はやけに幻想的に見えるのは、この涙が視界を滲ませているからだろうか。
「もう、これで終わりなんだな」
「ええ」
低く、穏やかな声。
この声を聞くと、また心が振り出しに戻ってしまう。だから、私はそちらの方を見なかった。見れなかった。
「残酷な終わり方だな」
「綺麗な終わり方、でしょ」
「綺麗なのは状況だけ。気持ちは最悪、最低、……残酷だ」
「そんなこと言わないで。綺麗な思い出であり続けたいの。いつまでも」
「……やっぱり残酷だ」
残酷という言葉が染みて、滲んで、消えるまでお互い黙っていた。
その沈黙を破ったのも、また彼で。
「──綺麗な思い出が残ったら、どうやってこの気持ちを消せばいいんだよ」
ジャリ、と心が軋んだ音がした。
「いつか消えるわ」
何度も何度も考えた言葉をなぞるように、心を揺らさないように言葉を乗せた。
「月が満ちて、また欠けて、空から月が無くなったように見えても、それは人生の内のそういう日だったってだけよ。今はどうしても消せない気持ちも、時は流れて過去の思い出になるの」
だから、どうせなら綺麗な思い出で。
「あなたと過ごした時間、とても楽しくて……。いつまでも、続いたらいいなって。……続くと思っていたわ」
夜空に昇るランタンは輝いて、どこまでもどこまでも昇っていくのに。二人の道は、暗く何も見えなくなっていた。
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