非人間

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「情報共有は重要っすよ」  正当に責めながら、出雲は調査対象の写真を吉野へと渡した。吉野はわざと大儀そうに言う。 「どうせ、重要視されてない聞込みなんでしょ?私たちはもしもの時の…鉄砲玉じゃ?」 「…」  バツが悪そうな出雲を見て、彼がどんな命令をされたか大方検討がつく。ゆっくり立ち上がり、台所へ向かって冷蔵庫から水を取る。 「…体調が悪いなら良いです。また、出勤出来る日を連絡してくれたら」 「あ、大丈夫でーす。今から行くんですよね。行けまーす。」  水を飲み、そう返事をする吉野。 「…ホントに大丈夫なんすか?」 「大丈夫ですよ。ちゃんと言う事聞きますし」 「いや、素直に言う事聞いてくれた事ないっすやん」 「そうですか?」  笑って見せる吉野。今の会話と表情から、昨晩のやり取りはすっかり忘れているのか。  水をしまい、項垂れて呟く吉野。 「大丈夫ですよ…」 「いや、でも」  吉野は出雲の言葉を遮って、また呟く。 「大丈夫ですって、出雲さん。その時は、私を撃ってください。」 「だから、そうならないように」 「撃つんですよ…出雲さん」  再度の発言に困惑する出雲。やはり、おかしい。昨日から吉野らしからぬ行動が続く。吉野はやんちゃな人間だが、自暴自棄や死にたがりではない。  しかし、今の吉野は敗戦して項垂れているボクサーのよう。  こんな時、どんな言葉をかけていいのかわからない。出雲の視線が何かを探すように彷徨う。勿論、吉野にかける言葉が落ちているわけでもない。  そんな時、机の封筒が目に入った。 「吉野さん、それーーー」  と、言いかけた所でいつの間にかリビングに戻って来た吉野が、封筒を取り上げる。表情は激情に色を変え、瞳は冷たく光っていた。 「出て行ってください」  封筒を握りつぶしながら声を漏らす。言葉尻は懇願の体だったが、それは明らかに命令だった。 「着替えるんで!早く出て行って下さい!」  押し飛ばされるように部屋から出た出雲。先程までいた薄暗い部屋とは打って変わって明るい外に、眼球の奥が痛む。  扉にもたれかかり、出雲はため息をついた。封筒を取った吉野の顔が目に焼き付いて離れない。  また一つ、自分と吉野の間に溝が出来てしまったようだ。その実感が、出雲に更に深いため息をもたらす。  しかし、あの封筒は  都内の大きな病院の名前が書かれていた。
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