第1章 死に近い笑顔

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 犯人の背後を取った吉野は、女性でありながら何ら臆する事なく、一気に距離を詰める。小柄な身体は身軽で素早く、後頭部でまとめられた髪の毛が揺れる。  しかし、人間の気配というのは中々消せるものではなく、突然現れた吉野に犯人は気づく。遅れて振り向く犯人…だが、それに反応して更に姿勢を低くした吉野。  地面を這うように駆け抜ける吉野は、死角から完全に間合いに入った。 「特務、執行ーーー」  認可された命令を申告するように、何かを呟いた吉野は、躊躇なくその手に持つ警棒を振り切った。、ではなくのだ。  振り上げるなんて生易しい。まるで腕を切断しにかかったかのような勢い。警棒は犯人のナイフを持つ腕の肘へ直撃した。  直後、鈍い音が響き、腕があらぬ方向へ曲がる。  ダムが決壊して溜まっていた水が吹き出す…あれを思い出す。本来曲がらない向きへと衝撃が加わり曲がった腕。皮膚という壁を突き抜け、内側にあった骨が突き出た。  同時に肉片が飛び散り、血管もいくつか千切れたのか血飛沫が飛び散る。  倒れゆく犯人と、人質の女性が絶叫する中で、見下ろす吉野。  それを離れた場所から見届けていた出雲は、信じられずにいた。  人の人体が派手に損傷し、血肉が飛び散っている中で立つ、吉野の姿に。  容易く人間を壊し、血飛沫が降り懸かる姿はまるで死神。  いや、それは  死神と呼ぶには、余りに美しく  美しいと呼ぶには、余りにも死に近い  笑顔だったーーー。  
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