愛になるから

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 誰も生徒がいなくなるくらいの閉校時間まで二人は勉強をする。これが真面目と言われる所以。  だけど、この時間は単なる学習のためじゃなかった。  どちらかと言うとお喋りの方がノートに向かうより多数を占めて言葉が続く。。 「ねえ? 私たち付き合ってるのに、勉強か最低限の運動ばっかりだね」  クラスで夫婦と言われるのは間違いではなかった。二人は昔から好き同士でいつからか恋人になっている。  だからお互いに夫婦なんて言われも否定しないのだった。 「これもデートだと思ってるけど、って最低限の運動と言うのはちょっと棘がない?」 「だって、君は運動音痴を治そうとしてる訳じゃなくて私の練習に付き合ったり、ランニングするだけじゃん」 「運動しないと身体が鈍る。だけど、僕にはスポーツは向いてない。それだけのことだよ」  どうやら秀才くんは多くは望まないみたい。 「だけど、それで本当にスポーツトレーナーになれるの?」  秀才くんの将来の夢だ。もちろん恋人のエースちゃんは把握している。 「取り合えず医者になって、それからだ。それより日本代表、期待してるよ」  そしてエースちゃんの夢。秀才くんも知っていた。  お互いの夢は重なる部分がある。二人が揃って夢を叶えたとき、それでも一緒に居るのがもう一つの二人共通の夢。  二人の夢は難しくもない。秀才くんは勉強では学校で一番。道を間違わなければ医者くらいなれる。エースちゃんも実力は上々。クラブチームに居なくても強いサッカー部の高校に進学すれば道は続く。 「恋人ってこう、手をつないで一緒に帰るとかじゃないの?」 「だって学校からお互いの家が真反対じゃないか」 「じゃあ、こうして勉強しているときは?」  今も机を二つ並べて向かい合っている。勉強には教えやすく好都合だが、恋人な雰囲気はない。 「手、繋ぎたいの?」  これまで二人はそんなことは無かった。付き合ってると言えど、恋人らしいことなんてない。  女の子なら不服もあるだろうと秀才くんは聞くけれど、ずっとノートのほうを向いている。これはいつもだ。今までの会話の時だってずっとその視線はノートに向いている。  それでも秀才くんをエースちゃんが見詰めると、耳が真っ赤になっているのを確認出来る。照れてるんだろうとクスッと笑う。 「それが、さー。全然!」 「どうなの? それって? 僕たち付き合ってるんだよね?」  一応秀才くんも疑問にはなるみたい。やっと顔が挙がる。 「うん。おかしい。けどね、私はこんな二人も良いなって思ってる。その辺を歩いてる恋人ってベタベタしすぎじゃない?」  ずっと勉強をする気にはなってないエースちゃんを見て、秀才くんもペンを置く。 「確かにそう思うよ。あんなのは年老いてからで良い。今は君のことを大切に守りたい」 「それ、嬉しいな」  顔が赤い秀才くんからの言葉に、エースちゃんの頬も赤くなる。 「ヤバ、見詰めるの苦しい」  秀才くんが二人のときにノートから目を離さないのは、エースちゃんに見惚れてしまうから。癖なんかじゃない。敢えて視線をそらしてるんだ。 「私は、見てるの楽しいけどなー」  それは普段からノートに向かってる秀才くんを眺めてるエースちゃんの心象。  だけど、今はそのときとちょっと違う。秀才くんは真っ直ぐにエースちゃんを見詰めてた。  エースちゃんは真っ直ぐな瞳を見詰め返そうと思ったけど、クルっと反転する。 「ホントだ苦しい!」  自分の両手で頬を抑えるエースちゃん。その手が熱さを確認している。 「でしょ? だから今は守る」 「うん。お願い。私も君を守るから」  十分に二人は恋人らしい部分もある。こんな雰囲気になると勉強なんて進まない。二人の時間。ただお喋りするだけで十分な瞬間。二人はノートを閉じた。 「夢を叶えたら、どうする?」  お喋りに興じても恋愛トークは続けたい。それが女心ってものなのかもしれない。 「そうしたら。どうしようか?」 「ちゃんと考えておいてよ!」 「だって、僕は君と居られたらそれで良いんだもん」  ちょっと怒ったエースちゃんの言葉に拗ねた言い訳みたいな秀才くん。 「それは、夢が叶うまで? それともその先も続くの?」 「もちろん。僕がおじいちゃんになるまで」  怒ったのを忘れる様にエースちゃんが一瞬考えた質問。だけど秀才くんは悩まない本心を語る。 「それは、プロポーズとして受け取っておこう!」  不敵な笑みがエースちゃんの元に有る。こうなると秀才くんも視線を外してられない。罠に落ちたのを確認する。でも悪い状況ではない。 「御自由に」  呟き程度にしておいたのには理由が有る。それは望んでいた事だから見詰めて言葉を放つ。一応不倒覚悟くらいは普通にこのくらいなら有るから。  最終下校のチャイムが鳴って二人は名残惜しみながらもそれぞれの家へと帰る。恋人らしくない二人でも校門のところで反対方向に向かうときには手を振りあっていた。  それを眺める二つの瞳。じーっと二人のことを誰かが見ていた。
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