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「なんてみっともない!」
茶席の主賓である祖母が立ち上がり、見兼ねて灯を抱え起こした。
母がけらけらと笑い、紫倉夫人も仕方なくという風に笑っている。
ようやく元の姿勢に戻った灯は、やってしまった、という表情で亭主に詫びた。
「申し訳ございません、せっかくのお茶席ですのに」
「ふふふふ。気になさらないで、灯さん。同じお作法で同じお客様をお迎えしても、同じお点前は二度とないと申します。それが一期一会です。今の貴方は足が痺れてしまうけれど、次に会うときは、きっとそうじゃないわ」
紫倉夫人の瞳は、同意を促す様に母の顔に向けられる。
母は、ふう、と鼻息とも溜息ともつかない複雑な吐息をついて頷いた。
お転婆な年頃の娘の将来が思いやられるのと同時に、幼い頃の甘えん坊な表情が見当たらなくなるのも寂しい。
そんな想いを込めてだったが、その想いを汲めたのは、紫倉夫人だけだった。
「ふう、じゃありませんよ、秋乃さん。あなたの娘ですよ」
灯の祖母のふじがぴしゃりと言い、眉をひそめる。
「まあまあ。お菓子はすぐ別なものを用意しますね。お着物は大丈夫かしら。いま手拭いも持ってくるわ。足は、伸ばしていてね」
紫倉夫人は鷹揚に笑い、すうっと音もなく摺り足で座敷を出て行った。
「つぶれたお饅頭は食べられないかしら」
灯が着物で押されて形が崩れ、餡がはみ出はしたものの、まだ懐紙の上に載っているお饅頭を惜しそうに見る。
「食べたら?」
「捨てなさい」
母と祖母の声が重なった。灯はまだ痺れの残る足をさすりながら煩悶する。
先日、女学校の奉仕活動で孤児院を訪問した。
灯たちが縫ったお手玉を贈り、一緒に遊んだだけだったが、痛々しいほどに痩せた体つきの子どもたちが哀れだった。
いつも腹を空かせている孤児院の子供たちにとっては、飴玉ひとつとってもご馳走だ。
それを思うと、ちょっと形が崩れたからとて、老舗の菓子屋から取り寄せた薯蕷饅頭を捨ておくのは勿体ない。
「食べます!」
大きく張りのある声で宣言し、ぱっと手を伸ばし口に押し込んだ。
「灯!」
叱責する祖母の声が響き、水屋からは紫倉夫人のくすくす笑いが聞こえてきた。
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