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お茶の後は懐石料理もいただいて、散会となった。
白金の紫倉家の屋敷からは、河野家の車で帰る。
と言っても、自動車は父の仕事用なので、茶会に同席した祖母、母と灯は人力車だ。上大崎の家までは少し距離がある。
祖母はひとり乗りだが、母と灯はふたりで弥之助という車夫に引いてもらっている。
灯の座る座席から、笠を被った弥之助がどんな表情をしているかは見えない。しかし荒い息遣いから、暑いのだろうと思った灯は土埃の立つ往来の真ん中で、車を止めてもらった。
「食べ過ぎたから歩いて帰るわ」
灯が歩きたいというのはしょっちゅうで、母も祖母も止めはしない。
「お気をつけてくだせえよ」
弥之助ともなれば、灯の途中下車を想定して、幌の後ろに差してあった日除けの西洋傘を手渡した。
ひらりと降りた灯は、白い西洋傘をぱっと開く。
細かな刺繍の入った布地で太陽を受け止め輝かせながら、磨いた桜の木でできた持ち手をくるくると回した。
「うん、大丈夫よ。ありがとう」
ぽんと、帯を叩いて見せた灯を、母がたしなめるように眉を顰めて見下ろしている。
母と祖母の車の後ろを見送りながら、灯は西洋傘のレースの縁取りを透かすように澄んだ青空を仰いだ。
道行く人は豪奢な帯に今紫の振袖、真新しい草履に白足袋を身に着けた少女を二度、三度と振り返る。
華やかな晴れ着とまだ幼さの残る灯の顔立ちは、どこか不安定な感じがする。
そんな少女が昼日中とはいえ、埃っぽい往来をひとりでさっさと歩くので、目立ってしょうがないのだが、当の本人は人々の視線をまったく気にしなかった。
天気のいい日はお茶会よりもお散歩のほうが余程楽しい。
鼻歌交じりに大通りを歩き、商店や田畑の間を通る通りを抜け、屋敷の門前に到着する。
「ただいま戻りました」
灯が玄関を開けると、何やら奥の方が騒がしい。
なかなか出迎えが来ないので、そのまま上がってしまおうかと西洋傘をたたんでいると、玄関に女中見習いのスミが出てきた。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
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