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スミは灯より二つ年上の十九歳。すらりと背が高く痩せている。
よく日焼けした顔は、幼少の頃、三浦の実家の畑を手伝っていたせいだ。縁あって、河野の家に奉公に来ている。
「誰か来ているの? お客様?」
灯は廊下の奥を覗く。人の気配があるのは、厨房と浴室がある方だ。
「いいえ。厨房に料理見習いが来ているんですよ。来週からの約束だったのですが、今日になったもんで、慌てて部屋をあてがったりしておりましてね」
スミは西洋傘を灯から受け取り、他所行きの草履を下足箱に仕舞う。
「へえ。どんな人が来たの? おスミさんはもう会った?」
「ええ。先程会いましたが……お嬢様?」
スミが下足箱の戸を閉める間に、灯は厨房へ続く廊下を歩き始める。
「お嬢様がわざわざ出迎えるような者ではございませんよ」
後ろからスミがついてくる。灯は髪飾りを煌めかせながら振り返る。
「豊作さんのお眼鏡に叶ったなら、大したもんじゃないの」
豊作は河野の料理を全て任されている料理長だ。厳しくて有名だが、腕がある。
長年、助手がいたのだが、この春、独立して銀座に店を出すことになり、手伝いをする人間を探していたのだった。
「旦那様が見つけてきたそうですよ。スミのひとつ年上といっていたから、二十歳だそうで」
「二十歳? 若いのねえ」
料理にはうるさい父親が若者を連れてきたのを灯は不思議に思った。
海運業を中心に財を成した河野家は、政界、経済界の人間はもちろん、芸術家もしょっちゅう出入りをする。
来客の度に、宴席を用意するため、女中では手が回らないから新橋の料理人の中でも名を響かせた大森豊作をわざわざ店から引き抜いて、料理を作らせているのである。
厨房へ続く廊下を曲がろうとしたとき、奥から怒声が響いた。
「こら待て!」
灯とスミは顔を見合わせ、現場へと掛け付ける。
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