1.憧れとお節介

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 なんだか勝気な人だと灯は思ったが、それが返って興味をそそった。 「佐太郎さん。お里はどちら?」  灯の質問に、佐太郎は眉をしかめた。 「小田原です」 「あら、スミは三浦なのよ。同じ方面ね」  灯がスミの顔を見上げて微笑んだ。 「そうですか」 「あなた、父が連れてきたと言ったけれど、どうしてうちへ?」  すると佐太郎は、眉をしかめ、いかにも嫌そうな顔をして問うた。 「このおしゃべりは続けなきゃいけませんか」  豊作が慌てて顔を真っ赤にする。 「お前、お嬢様になんて口の聞き方を」 「料理人なら粉の始末が先かと思いまして」 「心がけは悪くはないが、礼儀ってものがあるだろう。お嬢様、こいつにはしっかり言って聞かせますんで」  佐太郎の横で豊作が体を縮める。佐太郎はまだ不機嫌そうな顔をしているので、灯は、嫌われてしまったようだ、と悟った。 「私もチョビ助に、厨房に入ってはダメよと叱っておきます。それより、お水をくださる?」  スミが「私が」と申し出て、水瓶から柄杓で掬って茶碗に移し、小さな盆に載せて持ってきた。灯は腕が露わになるのも構わず、頭を反らせてぐっと飲み干す。冷たい水が喉を通ると、急に着物が窮屈に感じられた。 「着替えてくるわ。夕食は何?」 「いろいろと旬のものが届いておりますよ。お嬢様の好きな筍も、山の方から取り寄せました」 「ほんと? 楽しみにしてる」  灯の笑顔に応えるように、豊作は常にへの字の口の端を、わずかに上向きにした。  佐太郎は、灯と豊作のやりとりなど聞こえもしない様子で、倒れた粉袋の片づけをしている。こぼれた小麦粉は箒で丁寧に掃き集め、塵取りを持って勝手口から出て行った。
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