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「旦那様の紹介とはいえ、スミはあまり好きじゃありませんわ」
灯の部屋で、帯と振袖を畳みながらスミが零した。
「あの新入りさん?」
灯はさっさと普段着のお召に袖を通している。
「そうです。田舎から出てきたばかりとはいえ、奉公先のお嬢様に対して随分な態度ですわ。失礼千万ですよ」
スミは阿吽の呼吸で灯に腰紐を渡しながら、鼻息が荒い。
「私はそこまでとは思わないけれど」
灯が小首を傾げながら言う。相手にも自分を嫌う権利がある。
勿論、家の主の娘として気持ちよく奉公できるように計らいたいが、料理のことは豊作に任せてあるし、豊作に立てつくことがないのであれば、灯がとやかくいう筋合いもない。
「ダメですよ。お嬢様だっていずれは一家の主婦になるんですから。家の者に甘い顔をしていては」
スミはきっと、祖母が母に言うのを真似ているんだろうな、と灯は当て推量する。
しゅるり、と絹の帯を胴に巻き、御太鼓を作って帯締めを結んだ。
臙脂色に百合が描かれた着物に、鳥の子色の上へ青の唐草が広がる帯の組み合わせは最近のお気に入りだ。
「いずれ……そうよね。でもなんだか、ピンとこないのよね」
主婦というと母のような堂々たる夫人のイメージだ。
自分もどんと構える泰然自若な奥様になれるかと自問するに、どうも『否』の答えしか浮かんでこない。
「大丈夫ですって。今お話の来ている海原様とのご縁談がまとまれば、来春にはお輿入れ。その翌年にはかわいい赤ちゃんをお抱きになっているかもしれませんよ」
「おスミさんは意地悪ね。私はまだやりたいことがあるのよ。今度だって」
言いかけて、灯ははっと口をつぐんだ。
「今度?」
スミが言の葉をはっしと捕まえる。
「今度……じゃなくて、今日のお茶席だって、なんだか堅苦しくって大儀だったもの」
なんとか誤魔化す灯をスミはじろじろと眺め、嘆息した。
「大奥様が悲しみますよ。紫倉家とのご縁談が立ち消えていなければ、今頃は……」
「紫倉の奥様がお姑さんなら、私もどんなによかったことか」
着替え終わった灯は、障子を開けた。
庭の木々の若い葉が折り重なって、青々とした風がゆったりと吹き込む。
部屋の隅まで吹き込んだ風は、書物や雑誌に埋もれた灯の文机の上の、開きかけの帳面をぱらぱらとめくった。
「海原様のお家だって海軍の大佐でしょう。いいお話じゃないですか」
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