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漆夜人くんと私は幼馴染だ。小さい頃はよく公園で遊んでいたし、登下校も一緒だった。
中学生になったら登下校は別々になったけど、仲が悪くなったわけではなかった。毎年、バレンタインのチョコも渡していた。
ただ、夜人くんは、私が触れるのを嫌がるようになった。思えば、この時点で、夜人くんの本心に気がつくべきだった。
私達の関係が一気にぎこちなくなったのは、ついこの間の二月十四日。
『夜人くん、これ、食べてくれると嬉しいな』
その日の朝、私は手作りのチョコタルトを渡した。外の風はピリピリと冷たいはずなのに、私の頬は熱かった。
夜人くんは、手の甲で口元をおさえる。私がチョコを渡す時、毎年この仕草をする。
『……ありがとう』
ぎこちない手つきで、白いラッピングのチョコを受け取ってくれる。目立たない私と、優秀な見た目と成績を兼ね備えた夜人くんは、学校での距離は開いていた。けれど、こうして私がチョコを渡して、夜人くんは受け取ってくれる。そう思っていた。
『ねえ、これ、もらってくれる?』
夕暮れの教室で、夜人くんと野薔薇さんがお話ししているのを見てしまった。教室に忘れ物を取りに来た私は、扉の前でピタリと止まる。
『悪い。いらない』
『どうして? 私、夜人くんのこと――』
『甘いの苦手なんだよ。だからもらえない』
夜人くんの声色も、表情も、心の底からの嫌悪を表現していた。
忘れ物を置き去りにして、私は扉から走り去る。
夜人くん、甘いもの苦手だったんだ。
それなのに、毎年毎年、チョコを押し付けちゃったんだ。
引っ込み思案なくせに、夜人くんにだけ甘えて……!
――その日以来、私は夜人くんを避けるようにした。
そこから関係がぎくしゃくするのは一瞬だった。そして気がついた。
やっぱり夜人くんも、迷惑な私とは早く離れたかったんだって。
*
私と夜人くんの不思議なポケットに気がついてから三日が経った。
数学の先生が口にしている呪文と、扉の隙間から流れてくる風に同時攻撃されていた私は、机の下で両手をこすり合わせていた。
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