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男子の着替えが終わったことを確認して、私は教室に入る。はしっこの席であることに、この時は感謝する。目立たずに席につけるから。
「なんだよ、夜人、怪我してたのかよ」
男子の言葉を聞いて、私はハッと夜人くんの席を見る。
「大したことない」
「そんな! 血なんて出してたら、せっかくのイケメンが台無しよ!」
「うるさい。その口調で話すのやめろ」
椅子に座る夜人くんは、右の手の甲を左手で包んでいる。
……夜人くん、怪我したんだ。
大丈夫かな。でも、私が声をかけたら、迷惑じゃないかな。
次の授業のために準備していた筆箱。その中の、丁寧に折り畳まれた紙を見て、私は気がついた。
……そうだ。今の私には、魔法のポケットがある。
ポケットに物を入れないって約束だったけど。この間、夜人くんが助けてくれたように、私も。……
私は、夜人くんと繋がったポケットに、絆創膏を入れた。
夜人くんの背中がビクンとはねた。ポケットに手を入れた夜人くんは、見開いた目で私を見る。
「何だよ夜人、絆創膏なんて持ってたのかよー」
「さっさと使えば良かったのに」
周りの男子を放ったまま、夜人くんは固まっている。私はうつむいた。顔が林檎になっていると思って。膝の上で握った手が、そうだから。
*
私がポケットを使ってから、四日が過ぎた。
やっと春が芽生えてきた。学校の裏庭の雪もとけてきて、池の周りの石が顔を出している。
私はクッキーの空袋を拾う。気温が肌に優しくなってきたから、外で飲食する人が増えたんだろう。それでも、美化委員のお仕事に参加しているのは、相変わらず私だけだ。
池の周囲には大きな木がたくさん生えていて、日陰になっている。私みたいな目立たない人間には、お似合いの場所だ。
「あっ」
小石の間に、ペットボトルのフタが紛れ込んでいる。それを取り除くために、小石を持ち上げた時だった。
「佐薙ー。なに逃げてんだよー」
背中の方から、おかんむりな低音が聞こえてきた。
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