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とある3月
それはほんの数時間前ー…
私、吉野美桜はホテルにインショップしているU flowerという花を扱う会社に務めている。
3年前に転勤で着任した沖縄のホテルの最終出勤日、一通り別れの挨拶をしてから私服に着替えて、最後の作品として早朝から張り切って作ったエントランスホールの装花を見に行った時に彼と出会った。
我ながら壮大な作品ができた!
と自画自賛して眺めていると後ろからカシャっと言うシャッター音がして振り向いた。
「(うわー…なんか雰囲気ある人だなぁ…)」
ひとりの男性がスマホを装花にむけて写真を撮っている。振り向いた私に気づいて、一瞬口の動きが「あ」と動いたような気がしたが……こんなところに従業員以外で知り合いはいない。
白いTシャツと黒いズボンというラフな出立ちながらも身長があるので様になっている。黒い前髪が目にかかって年齢がわかりにくいが…髪をセットしていない様子に宿泊客かな?と想像していると突然声をかけられた。
「……この装花素敵ですよね。流木の流れを活かしてそこから自生してるみたいに色とりどりな蘭がアレンジされていて」
嬉しくなった。が、自分が作ったと自ら名乗り出るのもちょっと恥ずかしくて
「お花、好きなんですか?」
男性の方を見ると、フッと微笑まれた。
「好きです」
真っ直ぐに見つめてそう言われて、花に対してと分かってはいてもドキッとしてしまった。
「えっと、観光の方ですか?」
「あー…そうですね」
「でしたら植物園行かれました?今ブーゲンビリアが満開でキレイですよ」
「へぇ、行ってみたい……」
「あ、地図……レンタカーしてますか?」
「ないです」
「手配しましょうか?」
少し考えるように宙を見てから男性が
「一緒に行きませんか?ひとりで植物園行って花見ってのもつまらないんで」
「えっ、と……」
ナンパだろうか…少し身構えると
「あ、すみません。旅行先で開放的になってて軽すぎたな……」
ちょっと照れたように伏せた目にかかった前髪をサラッと撫でた。
その前髪が流れる様子に見入ってしまった。
多分、この時の私は明日この地を離れるということで少し気持ちが緩んでいたんだと思う。
「私で良かったら……」
「うん」
頷いて、嬉しそうに微笑んだ。
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