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唯を寝かしつけてから、リビングで暁人の帰りを待つ。
最近はなにやら仕事や会食など立て込んでいるらしく帰りはいつも深夜を回る。
明日も早いので眠気に襲われつつウトウトしながらなんとか我慢してソファでスマホをいじったり雑誌を読んだりしていると、
ガチャッとリビングのドアが開いた。
「あ、おかえりなさい」
振り向いて声を掛けると、予想外だったのだろう
「うぁ!!!びっ…くりした……」
「おかえりなさい」
「う、うん…ただいま。起きてたんだ」
疲れた表情でスーツのネクタイを緩めながら背広を脱いでハンガーに掛けた。
「あ…はい」
「明日も仕事だろ、大丈夫?」
「あ、それはそうなんですけど…ご飯ありますよ」
「え!作ってくれてた?!」
振り向いた時の瞳の輝きにびっくりして次の言葉が出てこず黙っていると暁人がぶつぶつと
「だったら今日の会食パスすれば良かった……社長がいれば俺いらなかっただろうし……」
「あ、いや、洋子さんが作ってくれてて…忙しそうだからって。本当申し訳ない…」
「あ…あぁ洋子さんが、ね。そ。じゃあそれは明日の朝にでも食べる」
スタスタとお風呂に向かおうとする暁人を追いかけて廊下へのドアに手をかけようとしたところを貰ったボールペンを握りしめて呼び止めた。
「あのっ!」
「うん?」
「ボールペン!ありがとうございます!すごく…かわいい」
「あ……」
ふっと視線がいつも花瓶のある場所に移って微笑んだ後戻ってきたのがわかった。
「うん、気に入ってもらえて良かった」
「大事に使います」
私の握ったボールペンを見て、手にかけたドアノブから離れてこちらに近づいてきた。
「俺も。大事に、します」
そう言うとボールペンを握った方の手をとって、手の甲に口付けた。
「え……」
「美桜と唯を、大事にします」
どう答えていいか分からず黙って握られたままキスされた手の甲を見ていると
「ちょっと……お願いがあるんだけど」
「お願い?」
「抱きしめてい?」
「え……」
「あ、風呂入ってないし汚いな、臭いかも、うん。よくないな。ごめん、やっぱいい」
「いや、別にいいですけど……」
「え、ほんとに?じゃあ遠慮なく」
身長差のせいで私の顔は暁人の胸の位置にあり抱きしめられるというよりは包み込まれるように腕を回された。
香水の香りに混じって少しだけ汗の匂いと暁人の匂い。
ドキドキしながら
抱きしめ返した方がいいかな…
と、両腕を挙げてみるもそれを暁人の背中に回す勇気がなく微妙な高さで止めたまま待機させることになってしまった。
でも……なんか…この包み込まれる感安心する。というかこの匂いなんだか知ってる気が……
「あーやっぱ安心する…」
「え?」
自分が考えていた同じ単語が出てきてびっくりする。
「最近あんまり会えてなかったし、起きて待っててくれてありがとう。すごく…嬉しい」
「そんな…」
そう言いながらそっと抱きしめ返すと、暁人が小さくつぶやいた。
「美桜も俺を好きになりますように」
じゃ、おやすみと言って引き剥がされるとスタスタとお風呂に入りに行ってしまった。
ひとりポツンと取り残されてしまった。
手に持ったボールペンをよく見ると、「Mio.H」と刻印されていた。
みお ひろせ
暁人は私を、本当に好きなんではないか、と錯覚しそうになる。
違う、暇をと金を持て余した金持ちの娯楽の一部みたいなもの……に違いない。けどそれにしては…と思うことが多々ある。
それにまだ心臓の鼓動が早い。
……抱きしめられた時の安心感はきっと大きいから、大きいものに包まれる感じってそういうもんだよね。うん。
そう自分に言い聞かせ、部屋に駆け込むとそのままベッドに潜り込んでスースー寝る唯の小さな手を握って寝た。
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