電車の彼女

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 「おー、将輝おはよ!」 大きい声に車両にいる全員が目を見開いた。襟を崩したせの高い学生が手を振ってくる。僕は単語帳を閉じた。 「おはよう」 「おう!今日も可愛い彼女と登校かよ。羨ましいねぇ」 「彼女じゃないし、一緒に登校してない」 「結構噂になってるぜ。毎日仲良く待ち合わせしてるってな」 「彼女が勝手に来てるだけだ」 嘘は全くついていない。僕は彼女を待っていないし、連絡先も知らないので連絡すら取ったことがない。ただ電車の中だけの関係だ。アドレスを尋ねられたことはあるが、教えなかった。電車内だけでなく、私生活でも勉強の邪魔をされるのは嫌だった。毎日飽きもせず、僕に話しかけてくる彼女に連絡先を教えたら、頻繁にメールがくるだろう。一々返すだけで1日が終わってしまう。   僕の言葉は冷たい空気を纏っていたが、彼女の笑みは崩れなかった。むしろ明るく、僕の友人に挨拶をしている。 「初めまして。中山京子です」 「キョウコちゃんかぁ。可愛いね。あ、将輝と結婚したら逆京都になっちゃうね」 「え〜本物ですね。きゃあっ」 彼女は赤らめた頬を手で包み俯いた。何が『きゃあ』だ。気が早いことを言って浮き足立つ2人を一瞥して、僕は言い返した。 「結婚しない」 「照れてる」  友人は面白がるように笑った。照れてなんかない!僕は彼から窓に目を移した。  すぐ隣から、楽しそうに話している彼女たちの笑い声が聞こえてくる。昨夜覚えた単語や公式を思い浮かべた。あぁうるさい……集中できない。横目で2人の様子を探った。目尻を下げた京子の顔に微かに違和感を覚える。少し固い気がした。彼女の笑顔は底抜けに明るいが、ふとした時に寂しげな雰囲気が出るのだ。だが、友人と話している今は作り物のような綺麗な笑みを浮かべている。京子の目が僕の方を向いた。瞬間、ほころぶのように彼女の表情が緩んだ。すぐに目を逸らして変わりゆく街の風景に体を向ける。窓に映る自分の顔が少し赤らんでいた。 「京子ちゃん、もう着くんじゃない?」 「あ!ほんとだ。郷太くんありがとう」 馴れ馴れしく呼び合っている。胃のあたりが渦巻くような感じがして、胸を撫でた。食中毒になるような物は食べていないのに、気持ち悪かった。 「じゃあ将輝くん、また明日」  ヒューと口笛が聞こえて、ヘラヘラ顔の友人を睨んだ。彼女は可憐にスカートを翻して、ホームに降りた。くるりと回って、大きく手を振る。 「将輝く〜ん、無理しないでね〜」  プシューと音を立てながら、ホームのドアが閉まる。電車が動き出した後もずっと、京子が手を振る姿が見えた。
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