電車の彼女

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『電車がお客様と接触いたしましたので、運転を見合わせています。再開時間は未定です。なお振替輸送を実施しています』  駅では同じ制服を着た学生たちが不満気にアナウンスを聞いていた。すぐに振替輸送を利用しようとする者、スマートフォンで情報収集を始める者、『どうする?』と友人と相談する者。僕は強いて言うならば3つ目だ。そう、強いて言うなら。  郷太が腕を僕の肩に回した。 「ヤベェな。始業式の日に電車止まるとか幸先悪っ。どうする?何か起きるんじゃ……」 「止まる時は止まるだろ。それに今日に限らず、この沿線は止まりやすい」  入学した日から今日まで、何度遅延届を提出したことか。両手でも足りないくらいだ。夏休み直前にも止まり、大幅に遅れていた。夏休み中の補講期間でも3回は人身事故による遅延が起きている。 「そうだけどよ」  彼は大きな手でボサボサの髪を掻いた。久しぶりの早起きで、準備する暇も無かったらしい。 「あの子も困ってるだろうな」 「あの子?」 「あの子だよ。京子ちゃん」  彼女とはあの時から会っていない。京子が乗る車両を変えたのだろう。長期休みの間は顔を合わせる術は無かった。 「学校も始まったし、また会えるだろ。良かったな」 「別に」  力強く背中を叩かれ、前にバランスを崩した。 「素直になれよ。白いワンピースの制服見るたび、期待したような目で見てる癖に。顔見てため息吐かれた女の子たちが可哀想だったよ」 「うっ……」 僕は言葉を詰まらせた。郷太が言った通りだったからだ。彼女の存在はいつの間にか日常になっていた。彼女に会えなくなり、僕の生活は無色に戻ってしまった。自ら突き放したのに、最低な男だ。 「やっと将輝も俺以外と関わるようになったかって喜んだのになぁ」 「は?」 「だってよ。中学のころから俺以外友達いないだろ」 「それは……そうだけど」  中学の頃、女顔であることでずっと揶揄われていた。『都ちゃん、可愛い』と言われたせいで、僕は自分の苗字が嫌いだ。郷太だけが揶揄ってこなかった。むしろ庇ってくれた。それからは郷太と一緒にいることが多い。郷太はガサツだが、僕なんかと友達になってくれるいい奴だ。 「だから京子ちゃんがいた時、将輝にも心許せる奴ができて良かったって思ってたのによ」  彼はあーあと大袈裟にため息を吐いた。 「ごめん」 「謝る相手は俺じゃないだろ」 「それはっ。でも今更……それに謝罪なんて自己満足で迷惑かも」 「それでも傷つけたからには謝るのは必要だ」 郷太は僕と違っていい奴だ。僕はポケットからピンク色の花がついた髪飾りを取り出した。
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