電車の彼女

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『まもなく二宮駅、二宮駅ー』  電車内のアナウンスが耳に入り、僕は息を吐いた。本に添えていた右手で髪を整える。どうせまたがいるのだろうと思うと、わずかに鼓動が早まった。  空気が抜けるような音を立てて、電車のドアが開く。通勤通学の人が行き交いながら、乗り降りを繰り返していた。それぞれが自身の安息の地を得た具合を見計らったかのように、電車が動き始めた。 「おはよう」 「……おはよう」  ほら来た。彼女は美しい黒髪をたなびかせ、僕の前に現れた。『家から滅多に出ないのではないか』と心配になるほど肌は白いのに、快活としていた。前髪にピンク色の花がついている。ナデシコのピン留めだ。  毎朝、彼女は僕と同じ車両に乗り合わせ、声をかけてくる。珍しい白いワンピース型の制服は、有名な女子高のものだ。珍しいといえば、僕が着ている制服も珍しい部類に入る。今は夏服で開襟シャツだが、冬服はブレザーが多い中で、僕の学校は詰襟の学ランだった。だから彼女に目をつけられたのかもしれない。有数の進学校に通う男子は人気らしい。そう言った同じ高校の友人はさほどモテているようには見えないが。 「(みやこ)くん、ちゃんとご飯食べた?顔ちょっと白いよ」 「……食べた。それで呼ぶのやめてって言った」 「え、だって名前で呼ぶと顔が強張るから嫌なのかと思って」  彼女は形のいい眉を下げた。『ごめん』という呟きが聞こえた。 「苗字の方が嫌だから」 「そっか。じゃあ将輝(まさき)くん」 嬉しそうにはにかむ彼女に座っていたどこかの男子学生が頬を赤く染めた。羨ましそうに僕に視線を送ってきている。 「でも大丈夫?本当に顔色悪いよ」 「少し徹夜しただけだから」 「えーちゃんと寝ないと。今日はテストでしょ。試験受けながら寝ちゃうよ」 「寝ないよ」 「そうかなぁ。私は結構眠くなっちゃうけど」 君と一緒にしないでくれ。その言葉は呑み込んで、僕は単語帳を持ち直した。彼女に僕の気持ちが伝わったのだろう。彼女は静かになり、隣の壁にもたれた。花のような香りがふわりと届いた。口は閉じたが、彼女の視線はずっと僕の方を向いている。顔に視線を感じ、全く英単語に集中できない。ニキビはできていないだろうか。毛穴ケアは昨日したから大丈夫なはず。寝不足だから顔がむくんでいるかも。ページを捲る手にも緊張した。
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