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「うん、」
他に言いようもない。
「この一ヶ月、音葉達といて、ようやく決めた。
ピアノ、やめようと思う。」
ああ、コーヒー、ホットにすればよかった、
そんな場違いなことを考えた。
クーラーが効きすぎてるのか、手足の先と唇が、急に悴んできた。動きづらい。
「昨日も、今日も、僕の言ったことは本当なんだよ。
先週、マネジメント契約も終わらせてきたし。」
「さっき、生徒達に音楽の楽しさ教えてって言ってだのに、何で?」
「辞める前に、やっぱり、自分には音楽を楽しむことは無理だって、思い知らせて欲しいからかな。」
「なんか、自分の処遇をあの子達にさせるようで、酷い気がする。」
「そうだね。」
「・・・、やっぱり、律、酷いよね。」
「うん。」
「本当に、酷いよ。
何年も会わずに、忘れてきたのに。
急に現れて、掻き乱してきて、
挙げ句、辞めるとか言って。
そうだね、今だからいうけどね。
私、あの選考会に賭けてたんだ。留学して、ピアノ続けるため、賭けてたんだから・・・。」
「ああ、そういうことだったんだ・・・」
「律は別に奨学金だの無くても、留学できたでしょ。でも、私は経済的に無理だった。ピアノ続けるには、負けたくなかった。」
ふー、と長く息を吐き、律は椅子の背もたれに沈み込んだ。
いっとき何か考えるように黙り込んで、
そして言った。
「音葉、気づいてた?
音葉のこと、好きだったんだけど。」
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