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その夜、貝殻を耳に当てるとまた同じ声が聞こえてきた。
私はナナミの意見を踏まえて、自分の気持ちをきちんと伝えることにしたのだった。知らない人に会ってはいけないとパパとママに言われていること、それを破ったら叱られてしまうこと、彼もまた“フシンシャ”として捕まってしまうかもしれないこと。
同時に、未来の王子様を、楽しみに待ちたいということを。
「未来のひよりを、大好きだって言ってくれるのはうれしいわ」
つたない言葉で、自分なりの気持ちを伝える。
「でも、本当に大好きなら。ひよりがヒミツにしていることまで知ろうとしないでほしいの。大人のひよりが、話してもいいとか、教えてもいいって思ったことだけ知っていてほしいの。だって、大人の貴方にもきっと、ナイショにしたいことはあるでしょう?そういうことがひよりに知られたら、きっとイヤでしょう?ひよりね、本当にスキっていうのは、きっとそういうことだと思うの」
『……なるほど。君は、幼くても確かに、僕が愛した日和なんだな』
不思議なことに。それを伝えたら彼はどこか、感動したように声を震わせていたのだった。
『わかった。……そうだね、僕が間違っていたよ。君のこと、もっと未来の君自身から知っていこうと思う。……だから、これだけ。未来の君に伝言。……必ず未来で会おうね。僕の大好きな、素敵なレディの日和さん』
不思議なことに。
翌朝目を覚ましたら、貝殻はなくなっていた。まるで私が夢でも見ていたかのように。
もしナナミちゃんが巻貝のことを覚えていなかったら、私は本当に夢や幻だと思ってしまっていたかもしれない。
あれから、十年。
女子高校生になった私に、未だに彼氏はいない。相変わらず生意気で、ちょっとスレたメンドクサイ女として、クラスメートと衝突したり友達と馬鹿やったりしながら生活している。
それでも時々、あの時の出来事を思い出すのだ。
巻貝の奥から、呼びかけてきた誰かさん。
幼稚園児の私のことさえ知りたいと思った誰かさんは、一体どんな人なのだろう。
ちょっぴりの不安と楽しみと一緒に、私は今日を生きている。
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