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巻貝が本物なのか偽物なのかは、なんと私の両親もわからなかった。二人とも“本物に見えるけど、綺麗すぎて不自然”という考えで一致している。まあ特に害もなさそうだし、念のため綺麗に洗って私の部屋に飾ることにしたのだった。
ちなみに我が家は一戸建てで、私は一人っ子。去年にはもうお父さんお母さんと一緒に寝るのは卒業して、ちゃんと一人でベッドで寝ることができていた。その夜、一人で寝る前に貝殻を手に取って、まじまじと観察していた時である。
『もしもし、もしもし、聞こえますか』
「え!?」
なんと、貝殻が喋り出したのだった。若い男の人の声だった。私は慌てて巻貝を耳に当てる。声は、巻貝の奥から聞こえてくるようだった。
「あなたはだあれ?なんで、貝がらから声がするの?」
貝殻の奥を覗き込んでも、真っ暗で何も見えない。そもそも、こんな小さなところに人が入っていられるわけがない。
今の私がこんな現象を体験したら、中にスピーカーでも仕込んであるのかと疑ったことだろうが――生憎、幼稚園児の私にそんな知識はなく。ただただ声が聞こえてくる、不思議な貝殻にしか思えなかったのだった。
『僕は、貴女の未来の恋人です。僕は大人で、貴女は……今六歳の、滝川日和さんですね?』
「そうよ、ひよりは、たきがわひより。なんで、ひよりのことしってるの?未来の恋人だから?」
『そうです。僕は、少しだけ魔法を使うことができるのです。それで、未来から、過去の貴女に呼びかけています。僕は、過去の貴女に会いたいのです』
青年は、幼い私にもわかる言葉で一生懸命訴えた。自分がどれほど、未来の滝川日和を愛しているのかということ。自分達はもうすぐ結婚するのだということ。そして。
『僕は貴女が好きすぎて、貴女の全てを知りたいと思ってしまいました。それで、幼い頃貴女がどんな人だったのか知りたくて、魔法を使ったのです。僕と、顔を合わせて、お話してもらえませんか?僕は貴女に会いたい。日和さん、貴女も僕に“会いたい”と言ってくれれば……僕は、貴女の目の前に現れることができます。どうか、そう言ってはもらえませんか』
私は迷ってしまった。
相手が本当に自分の未来の恋人だとしても。簡単に、招き入れてしまっていいものだろうか。だって両親には“見知らぬ人についていくな”と毎日口がすっぱくなるほど言われているのである。向こうは自分を知っているかもしれないけれど、私にとっては未来の恋人だろうとなんだろうと知らない人は知らない人なのだ。
「……ちょっと、考えてもいい?」
どうするのが正解なのやら。とりあえず、私は返事を保留することにしたのだった。
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