も、死んでもいい※注意:R15※

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も、死んでもいい※注意:R15※

「続きだ。」 このままじゃあ沸き上がる熱を持て余してしまう。どうせ最初からそのつもりだったんだ。サプフィールはスピネルの首に両腕を回した。 「あ?」 意味が分からないと、スピネルは間抜けな声を出す。 「さっきの続きだ。」 サプフィールはそう言って、今度は自分から唇を重ねた。 「アンタ、何してるか分かってんのかぁ?」 スピネルは自分からサプフィールを引き離す。 「おれが相手なのは嫌なのか?」 「…。次は途中で止めるとか出来ねぇと思うけど、いいのか?」 そうじゃねえだろ、と言いかけた言葉は呑み込んでスピネルは確認する。そういや何度目なんだ、この確認は。自分で言っておいて少しうんざりする。 「いい。いいからここに居るんだろ?」 すり寄ってくるサプフィールにスピネルは腹を決める。彼をベッドに倒して、 「十年分だ、覚悟してくれ。」 そう呟いたスピネルは、噛みつくように口付ける。 …さっきと違う。 サプフィールはスピネルに腕を回しながら思う。キスも触れかたも。今度は、寂しくない。 「ジャーダ。」 耳元で熱に浮かされたような声で呼ばれた。本当の名前じゃないのに、(はら)の底から何かがぞくぞくと駆け上がってくるのをサプフィール感じていた。頭が痺れる。これが、本当の名前だったら。ぞくり、想像しただけで何かが疼く。 「ジャーダ…」 「ち、がう… 名前…」 くらくらする頭で、なんとか伝えようと呂律が回らなくなっているのも構わず話す。 「サプフィール、って、」 サプフィールって呼んで、もう声にならない声で、懇願する。 「は、そうだったな。…サプフィール。」 熱のこもった声で名前を呼ばれるや否や、何かが肚から突き上げてくる。快楽なのか、欲なのか、愛なのか、酩酊状態のサプフィールにはもう分からない。分からな過ぎて、恐怖すら沸き上がってくるのに、なのに。 「なんだぁ、名前呼ばれるのがそんなにイイのか?」 「お前の、声が、…いい。」 息も絶え絶えにサプフィールは答えた。名前を呼ばれただけで、こんな風になったことは無かった。もっと、名前を呼んで欲しい。沸き上がってくる感情の全てを消し去るくらいに名前を呼んで欲しい、そうして最後にスピネルだけが残ればいいのに。  サプフィールの言葉にならない言葉に、スピネルは愛撫の合間に名前を呼んではサプフィールの反応を愉しんだ。 「今からこんなじゃ、先が思いやられるぜぇ…」 楽しそうにスピネルは言った。  十年、十年だ。ただの善意だったはずなのに、いつの間にか執着になって、今は。スピネルは自分に縋りついてくる、十年来の想い人に対する欲と情の狭間で揺れていた。 愛しいと思う気持ちがあるのは確かだ。だからこそ、十年も忘れられなかった。善意に情が湧いて、執着が芽生えた。そうして執着が今は、欲を孕んで花が開くように全身を支配していく。そんな相手が目の前でこんなに乱れ始めている。欲が全てを呑み込むまで時間はかからなかった。だけど。欲に流されたら、サプフィールが傷付くんじゃないかと、頭の片隅で十年前のまだ純粋だった自分が叫んでいる。  男相手なんかしたことないだろう相手に、できるだけ負担を与えないように。千切れそうになる理性をなんとか繋ぎとめることに腐心する。 「すぴねる、」 ねえ、もっと。なまえよんで。もっと、さわって。頬を摺り寄せ、甘えるようにサプフィールが囁く。 「…あぁ、確かに名前呼ばれんの、イイなあ。知らなかったぜぇ。なぁ、サプフィール。」 名前、侮れねぇな。自分が呼ばれて初めてスピネルは理解する。けど、これは今のオレにはダメなヤツだな、理性が飛びそうだ。 「ん、すぴねる。もっと。」 「分かったから、アンタはオレの名前呼ぶのは止めとけ。手加減できなくなるからよ。」 子供をあやすように頭を撫でて、言い聞かせようにスピネルは言う。 「それ好き。」 幸せそうに微笑んで、サプフィールが呟く。あの頃みたいに、頭を撫でられるのが。  だけど。ぞくぞくと粟立つ肌が、肚の底が求めているのは違う。それはきっと、スピネルが優しいままでは与えてもらえないものだ、と、サプフィールの本能が囁く。 「名前、もっと呼んでくれるなら、手加減とかいらない。スピネルの好きにしていいから、もっと、名前呼んで。」 両腕も両脚もスピネルに巻き付けて、サプフィール彼の耳元で囁く。 「っ! アンタなぁ、オレがどんだけ我慢して…!」 「我慢とかすんな。ばか。」 そう言った直後、スピネルの瞳がゆらりと揺れたのをサプフィールは見た。 「スピネル。」 もう一度、彼を呼ぶ。多分、あとちょっとなんだ。スピネルの優しいのが消えるまで。呼んじゃダメって言うなら、きっと、ホントにあとちょっとのはず。  もう一度名前を呼んで、彼の顔を覗き込む。スピネルの瞳の色が変わっている。まるで血に飢えた獣のように。欲が燃え上がるような、赤い瞳が自分を見ている。月の光を反射してギラギラと。ぞくぞくする。喰われるんじゃないか、と言う、その感覚に。 「泣いても許さねぇからな、覚悟しろよ。」 言うが早いか、スピネルはサプフィールに喰らいついた。 それは、本当に喰われるんじゃないかと錯覚するような口づけで、サプフィールの漏らす吐息さえ全て奪おうとしているようで、肚の底が喜んでいるとサプフィールは感じた。  スピネルは何を気にしていたんだろう。ぼんやりとサプフィールは考える。こんなことで、おれがどうにかなるって思っているんだろうか。おれは男なんだから、多少のことで壊れたり傷付いたりなんかしないのに。  こんな風に、おれしか要らないみたいにされたら。肚の底からスピネルの存在で満たされていくような感じがする。ぞくぞくと突き上げてくるのは、きっと。体の中も、心の中も、スピネルのことでいっぱいになっていく。余計なものが、涙と一緒に流れていく。  幸せ。サプフィールは思った。嫌なことも、腹の立つことも、全部流れていって、最後に残るのは。スピネルのことだけ考えていればいいなんて、なんて。 それはなんて、シアワセなんだろうか。 「も、死んでもいい。」 このまま、時間が止まればいいのに。それが無理なら、このまま。 「オレも、アンタと一緒なら死んでもいいぜぇ。」 愛の睦言だ。と、スピネルは思った。たとえ今この時が仮初だったとしても。  どこかで読んだことがある。多分、師匠の許に居た頃だ。剣士のくせにやたらインテリな師匠の書斎にはありとあらゆる本があった。愛してる、って訳すところを『もう死んでもいい』って訳した男の本も。  領主になってるくらいだ、サプフィールなら知っているだろう。オレなんかよりも、もっと詳しく。  あの時はその訳に、しっくりこなかったが。そんなオレを師匠は笑って子ども扱いしていたなと、ふと過去が過っていく。 「今のオレたちにはぴったりだよなぁ。」 オレみたいな傭兵崩れならともかく、アンタ領主サマだもんなあ。 こんなのは。 どんなに、求めていてもきっとこれが最初で最後なんだろう。 一時の、夢だ。 泡沫の夢、波に流され、消えるだけの。  そうして、師匠のあの時の笑顔の意味を考える。ああ、確かに子供だったよ、師匠。スピネルは目を閉じた。 月が静かに西の空に傾いていく。  傾いていく毎に、スピネルは冷静さを取り戻していった。
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