vs叔父

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vs叔父

「入って良いぞ。」 ノックの後からそう答える室内からの声を聞いて、サプフィールはドアを開ける。 「サプフィールか! お前がこの部屋に来るのは久しぶりだな!」 豪快に笑ってサプフィールの叔父は部屋に迎え入れる。 「もうとうに子供ではありませんからね、おれも。」 「お前はいつの間にかつれない大人になったなあ… で、今日はどうした? 別に困ったことがある訳じゃないだろう? 領内もうまく回っているようだしな。」 気さくに領民に話しかけ、豪快で力強い印象から部下からも領民からも支持の高い前領主。サプフィールの父方の叔父の彼は見た目の印象に反してなかなか強かで狡猾な面もある。叔父のその面に気付いたのは、サプフィールが引き取られてから数年経ってからではあったが。 「叔父上、今日は相談があってお邪魔しました。」 今はもう腹の探り合いもできるようにはなったが、それでもこの叔父と渡り合うのは神経が疲れて仕方がないというのがサプフィールの感想だ。それでもこうやって面会に来たのは、ひとえにスピネルと旅立つためだ。全ての(しがらみ)を断ち切って、二人で自由になるために。 「お前が相談? 槍でも降るんじゃないか?」 なんやかんやでサプフィールの手腕は認めている彼は、まるで冗談を言われたように笑い飛ばした。尊敬していた兄の忘れ形見、と言う贔屓目を差し引いてもこの甥御の能力は評価に値すると彼は考えている。だからこそ自分は隠居して跡を継がせたのだ。 …決して楽隠居が目的だった訳ではない。と誰に聞かせるでもない言い訳は、ひっそりと胸にしまっている。 「このピオッジャ領の領主としての権利を返上したいのです。」 サプフィールは先手必勝とばかり、そう切り込んだ。  沈黙が流れる。 「サプフィール、それは何の冗談だ?」 予想外のサプフィールの言葉に、絶句していた叔父は漸く彼に問いかける。何かの取引をしたいのだろうか、まさかその言葉通りではあるまい。近年稀にみるほど動揺していると、叔父自身自覚していた。 「冗談ではなく。…スピネルを連れ、フィルマメント領を立て直しに行きたいと。それに、両親を弔いたいとも考えています。」 こんなことで駆け引きをしても望む結果は得られないと、サプフィールは考えていた。考え抜いた結果、もう洗いざらい思うところをぶちまけてしまおうかとも。ともかく、まずは普通に交渉するところからと、目的を告げる。 「…気持ちは分からんでもない、が、フィルマメント領は壊滅状態になって久しい。焦土と化して、大地が豊かになるまで何十年と必要とするだろう。」 「おれも、そう考えていました。しかし近頃かつての領民達が少しづつ戻ってきているとの報告がありました。それなら彼の地の領主の息子として民を導きたい。」 まっすぐに叔父の目を見詰めサプフィールはそう言い切る。現在のあの土地は王国の直轄地という名目ではあるが、あまりの荒廃っぷりに手付かずで放置されている。とは言え、そこに勝手に住み着いては領民たちもただでは済まないだろう。それならば、『お家再興』の名の下で再開拓を進めた方が良いのではないかと考えそのための手続きは出来るところまで進めてきた。後は叔父の承認と、後見を得て正式に国に申請すればいい。 本来なら簡単なことではないが、実はミアハに連絡を取った際に英雄たちが協力を申し出てくれていた。自暴自棄になっていた仲間(スピネル)を真っ当にしてくれたのなら安いものだ、と口を揃えていたことを思い出して、サプフィールは思わず口元が緩むのを堪える。 「…そうか。しかし、ここはどうするつもりだ?」 唐突な申し出に面食らいながら、至極当たり前の質問を投げかける。 「叔父上も認めてくださっているように、領内の経営はうまく回っています。叔父上が領主に返り咲いてくだされば今まで以上に発展することでしょう。もしくはルフトが次の領主になったとしても数年は持ちこたえることは可能なはず。その数年の間に叔父上が立派な領主として立てるようルフトを鍛えていただければ良いかと。」 叔父の子のルフトは母親に似たのか、おとなしく優しい性格で、臆病だ。未だにサプフィールが仮面をしていないと怖がって寄り付かない。そろそろ良い年なのだからいい加減しっかりしてもらいたいところだ。 「…ルフトには領地経営は向かない。」 「では叔父上が返り咲くしかないでしょう。」 「いや…! それでは楽い… いや、お前がうまく回してくれているのだから、それでよいではないか。」 今、楽隠居って言いかけたな。そう気付くが一旦スルーすることにしたサプフィールは、さらに続ける。スピネルとの生活のためにはここで引くわけにはいかない。 「ここは元々叔父上の領地です。ならばルフトが継ぐのが筋ではありませんか。そして戻る故郷があるのなら、おれも在るべき場所に在るのが良いと思います。それにあの戦争が無ければおれはこの地に居なかった。」 「…正論ではあるが。ルフトに継がせてわしが暫く後見するのか…? いや、お前がフィルマメント領に戻るとしてルフトに領地経営の引継ぎはしていくんだろうな?」 叔父上が頭を抱えるとは珍しいものが見れたな、とサプフィールはしげしげと彼を見詰めた。それから彼の質問に答える。 「おれが引き継ぐとしたら叔父上でしょうね。ルフトはおれを怖がって五分以上同席しませんから。」 従兄弟の姿を思い浮かべる。だいたいいつも執事や彼の護衛などの後ろに隠れたり、良くて隣にしがみついている所しか見たことがない、という結論に達する。 引継ぎなど出来るわけがない。 「あー…」 叔父も自分の息子の情けない姿を思い浮かべてしまったのだろう。情けない声を絞り出すと、両手で顔を覆い俯いてしまった。 「ルフトはおれがいない方がしっかりするかもしれませんよ?」 「…そう思うか?」 サプフィールの言葉に、顔を上げると縋るような眼を彼に向ける。 「遠慮しがちな所もあるので。それに遠慮する相手も、恐れる相手も、領主としての責任を丸投げする相手もいなくなったらさすがにしっかりするのでは?」 「辛辣だな…」 ある意味正論ではあるので、怒るに怒れんと溜息とともに呟く。 「いつ出立するつもりでここに来たんだ?」 ここまでのやり取りで、引き継ぐための準備はほぼ済んでしまっているのだろうと察すると、気を取り直してそう尋ねる。 「なんなら明日でもいいですね。」 しれっとサプフィールは答えた。そうして叔父の表情を確認すると、あと一押しだろうと確信するのだった。
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