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後悔しても今さらなら
「叔父上、こちらを。」
頭を抱える叔父に、サプフィールは書類の束を手渡す。
引継ぎを目的とした領地経営に関するもの、現在のフィルマメント領に関する情報と今後の計画に関すること、それらをまとめた報告兼企画書と言ったところか。
「…お前は本当に… 誰に似たんだろうなあ…」
受け取った書類に目を通しながら、溜息交じりの声で言う。出立を明日と言い切るほどには、しっかりとした内容である。ルフトではなく自分に引き継ぐつもりで全て計画していたな、と思い至ったところで今さらなのも理解できた。
「それにしても、今は直轄地だぞ? そんなに簡単に領地の再興が認められるかどうか…」
出来れば留まって欲しいと、全身で醸し出して叔父は問う。その実これもどうにかしているのだろうと、心の底で思いつつ一縷の望みをかけて。
「スピネルの義手の作成をミアハ氏に依頼したのですが、その際に国王に口添えしていただけることになりました。」
「ぐ… 五英雄の一人か…」
ああ、それはどうにかできてしまうな。明日にも出立すると言う訳だ、と言葉を詰まらせる。
「それと、スピネルも別件で連絡は取っていたようで、ミアハ氏から他の英雄も力を貸してくれるとお話を伺っています。スピネル自身も英雄の一人ですし…」
追い打ちをかけるようにサプフィールが言う。
ダメじゃん、と心の中で叔父は悲鳴を上げて、そうして十年前のあの日を思い出す。
少年傭兵など信用出来たものではないと判断し、甥と強制的に引き離したのは自分だ。あの時はそれが最善だと考えていたし、今でもそう思う。ただ、信用できないと判断した少年は護国の英雄の一人になり、何より甥が傷付いた。
最初は全身の火傷の痕が落ち込ませているのだろうと思ったが、本人は治療を拒んだ。理由を問い質しても頑なに沈黙を守る彼の口を割らせたのは妻だったが、その後とても怒られた。わしが。子供たちになんてことをするんだ、と。今からでも失礼なことをしたと謝罪して、ここに連れてくるようにと言われ、渋々あの時の少年傭兵を探したがすぐには見付からなかった。
見付かった時にはもう、彼は英雄の一人になっていた。すごいものだと感心した。心の底から。その強さ、技量、その存在が。ただ、感情を無くした目がそれ以上にわしの心を抉った。甥の目に似ている。大切なものを無くしたと言いたげな、どこか虚ろな目に、謝罪などでは到底贖えないことをしたのだと、はっきりと理解した。
反対など出来るわけがない。きっと二人はあの日の続きを始めようとしているのだろう。二人で旅をしながら。そうして、それでしか二人の心の傷は癒されないのだろう。
「…引継ぎの件は了解した。だが出立はもう少し遅らせないか? フィルマメント領まではだいぶ距離がある。準備は入念にしておくことだ。」
わしは今、どんな顔をしているだろうか。少なくとも申し訳なさは隠せているだろうか。謝罪をしてしまっては、二人はわしを許さなくてはいけなくなる。それなら意地悪な大人のままでいた方が、二人も気持ちの整理がつけやすいだろう。おっさんがこっそりできる懺悔込みの餞だ。
「? 旅の準備のために?」
「急に明日出発します。じゃ、送り出すこっちが心配なんだよ。…お前のことだから準備に抜かりは無いんだろうがなあ。」
「安心させるために、数日残れと。」
「そうだな。ルフト達にもちゃんと別れの挨拶する時間を割いてくれ。そうでないと、出ていった理由を勘繰って、不必要な負い目を持つことになる。お前にそんなつもりは無くてもな。」
その叔父の口ぶりにサプフィールはなるほど、と頷く。古参の使用人の中にはルフトを押す者が少なからずいるのを、自分も、叔父も、ルフトも知っている。同時に今のルフトが領主に向かないことも、おれだけでなく叔父とルフトにも共通認識としてある。
そんな状態で、ある日突然オレがいなくなったら…
「…。一週間と言いたいですが、ひと月くらい先の方が良さそうですかね。」
溜息交じりにサプフィールは言う。
「そうしてくれ。ついでにルフトに少しでいいから引き継ぎもしてくれ。安定するまではわしが采配することになるだろうがな。」
「パフォーマンスとして必要、ということですかね。」
そうしてそれぞれ別の理由から深い溜め息を吐いて、そうして今後について話し合った。
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