帰宅後の二人

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帰宅後の二人

 都内のマンションは相変わらず殺風景だ。比較的広いリビングにはソファーセットとテレビ、キッチンにも物がまだ少ない。寝室なんて目立つ家具はベッドと仕事用のデスクくらいだ。  まぁ、来年には賑やかになるんだろう。 「流石に肉の臭いがつくな」 「美味かったな」  玄関先で臭いを確かめてファウストは少し渋い顔をする。だが、久しぶりに美味しい焼き肉が食べられた。 「コート貸して、ファブしとく」 「俺は風呂を沸かしておく。お前も脱いだら洗濯機に入れておいてくれ。直ぐに洗う」 「了解」  こういう部分が少し昔とは違う。流石に一人暮らしが長いから、ファウストは一通りの事ができるようになっていた。  料理も酒のつまみ程度は作れるし、掃除や洗濯もできる。  でも、ふと思い出すんだ。ルカの所に行った時、食器を洗っていた背中。料理はあまりしなかったけれど、一緒になって片付けていた頃の事。多分前も、やれば出来たんだろう。 「今回は、一緒にできたらいいな」  なんて、ちょっと思ったりする。  二人分のコートにファブをして掛けてそのまま脇にあるドアを開ける。この家はリビングからも脱衣所に行けるが、廊下側からも行ける。脱衣所であり洗面所であり洗濯場でもある。  開けるとファウストの姿がないが、風呂から音がしている。それを聞きながら脱いだ服を洗濯機へと放り込んでいると、ガチャと音がした。  振り向いて、あまりの姿に思わず絶句する。  脱いだスーツは側に掛けてあった。後でファブるのだろう。だがワイシャツは脱いでいるし、下はパンイチだ。なのに圧倒的な肉体美がそこにある。  しっかりした男らしい骨格が分かる。太くはないのにみっちりと詰まっているのが分かる張りのある胸筋。腹筋は六個が綺麗な形に細くもギュッと詰まっていて、更に脇の方まで形が浮き上がっているほどに仕上がっている。腕の筋肉は盛り上がる部分は盛り上がり、筋が浮き上がっている。足も同じくだ。  こんなに筋肉質なのに無理に付けているわけじゃなく普段の仕事や運動で付けているから無理矢理感がない。しかも動きに支障が無いレベルでだ。  分かっていた。前世でも凄いなとは思っていたけれど、あの時は周囲もそんな感じだったし運動量とか鬼かと思えるくらいだった。でも今世でこの筋肉美は凄い。 「? どうした?」 「あぁ、いや……改めて見ても凄い筋肉だなと思って」 「そうか? 昔はもっと鍛えていただろ」 「いや、前世が大変すぎたから」  常に命の保証がない場所に立っていたからさ。  だが今もそうかもしれない。ファウストは警官で、その中でも特殊な犯罪を取り締まる部署だ。集団誘拐だとか、妙な現場に行くことも多い。そんな奴等がまともかと言われればほぼそんな事はない。武器を持った相手に向かっていくことも多いんだ。  昔は良かった、隣にいて直接手が出せた。でも今はそこまでの力はない。警官でもないし、そこを目ざすとファウストは凄く反対する。その気持ちも伝わる。  でも、怖い事もある。知らない場所で怪我をしたら? 万が一、命に関わったら? そんな彼を助ける力が、今のランバートにはないんだ。 「ランバート?」 「……」  心配そうに近づいてきて触れる手は大きくて節がある。男の手だ。  一方ランバートの手はほっそりと綺麗で昔はあった剣タコもない。前よりも筋力もない。 「どうした?」 「……俺は、弱くなったよなって」  それが悪いなんてことはない。この世界は前世よりも安全だろう。少なくともあちこちで戦争が多発していたり、歩いていて突然襲われて切りつけられたりはしない。  それでも。  思わず俯く。その頭をそっと優しく撫でる手がある。見上げると、いつもはきつい目を優しく下げて微笑む人がいる。黒の中に紫を混ぜた瞳が、柔らかい色を称えている。 「それが許される世界だ。それでいいんだよ」 「悠長な。ファウストに何かあっても俺は助けられないんだぞ」 「そうか? 以前助けに入った時、お前は随分銃の扱いに慣れていた気がるすが」 「うっ」  それは父ジョシュアが「世の中何が起こるか分からないからね」といって一通りの扱いをみっちり仕込んだせいだ。 「それにお前、この間ドラマで随分とアクロバティックな動きをしていたな」 「あ……」  これも父ジョシュアが「身のこなしが軽いのはいい事だぞ」と言って子供の頃から仕込んだから。あと、前世の記憶もあったから体は思うように動いた。パルクール、楽しかったな。 「未だに足音もしないしな」 「……うん」  気配も未だに消せるんだよな。 「頼もしく強い嫁じゃないか」 「それでも俺は警官じゃないから側にいられないし、心配なんだよ!」 「大丈夫だ、俺も強いぞ」  そう、なんだよな。  ファウストは今も強い。それに前世の事があったからか、健康診断は半年に一度行っているらしい。  前世のファウストの死因は、おそらく胃ガンだ。そこから転移していったんだろう。そしてこの病気は今や早期発見で治療出来れば死ぬ病気ではなくなってきた。  それに、この世界には違う希望もある。前世ではどうしても叶えられなかった二人の子供という希望がある。ランバートはあの時本当に欲しかったものを残す事が出来るんだ。  そう思うと、込み上げるものがある。愛しさと熱が混ざって苦しい。悩みに悩んだ前世の問題がここにはない。二人だけだった世界に、形を残せる。 「どうした?」 「ん……ファウスト」 「ん?」 「俺、早めに子供欲しい」 「!」  思わず呟いた言葉にファウストはドキリとしたようで少し体を離そうとする。でもその腕を掴んでランバートは訴えた。 「何時でもいいし、親の許可も取ってある。次のヒートの時に番にしてくれよ。そしてそのまま孕ませてくれてもいい。腹が大きくなる前に高校は卒業するだろうからバレないし、学校だって!」 「ストップ! ランバート、前にも言ったんだがな……」  今度はファウストがランバートの腕を掴むが、これは止まれという事だ。急き込んでいたランバートの勢いも止まった。 「まず、将来確実に番になる相手とはいえ高校生で未成年のオメガに性的行為を行い、更に子供まで作ったとなればオメガ法に抵触るす。更に俺は警官なんだぞ。流石に職場であれこれマズいんだ」 「あ…………ですね」  オメガを守るオメガ法では、未成年オメガに対する性的行為は双方の同意があったとしても控えるべきとなっている。保護者の同意があり、ちゃんと結婚して番とする場合は大事にはならないが一応軽犯罪の類いだ。それを警官のファウストが犯すとなれば問題にもなる。 「まぁ、でも」 「?」 「気持ちは嬉しい、から」  そう言って口元を手で隠し、僅かに赤くなるファウストを見ると嬉しくなるのは仕方がない。込み上げる愛しさは何も変わらないんだから。 「さて、こんな事をしている間に風呂が沸いたな。先に入るか?」 「一緒に入ろうか?」 「お前、俺の理性を試すのは止めろ。俺を犯罪者にするなよ」 「あと数ヶ月、頑張れ」  苦々しく睨む様子は大昔と変わらないまま。そんな彼を笑いながら、ロマンチックなんて霧散した夜は過ぎていった。
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