ロマンチックなデート

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ロマンチックなデート

 約束の11月20日。  ゼロスも同じ目的地だと伝えると双方の番から「一緒に行動してくれ」と連絡があり、更にクラウルからランバートへ直接通話で「頼む」と言われた。どうやらゼロスへもクラウル経由でファウストから頼まれたらしい。あの二人は未だに過保護キングだ。  そんな事で当日、最寄りの駅で待ち合わせて東京駅へ。そこは予想よりもずっと人が多く、既にイベントなどもあって大賑わいだった。 「あの人達、本当にこの中から俺達を探すつもりか?」  薄手の白のハイネックセーターにジーンズ、それにカーキのダウンジャケットを着ているゼロスが身を寄せる。今夜は冷え込んでいる。 「この寒さ、レイバンなら絶対に外に出ないだろうな」 「冬はこたつを背負っていたいって言ってるからな」 「冬になると制服にセーター着て内側にホッカイロ仕込んで学校きてるしな。寒がりもあそこまでくると凄い」 「ははっ」  同級生で隣のクラスのレイバンは相変わらずの寒がりで、冬は絶対暖房の側の席にしがみつく。だぼっとしたオーバーサイズのセーターを着てあの色気なので、これがけっこうアルファ同級生を刺激しているらしい。が、相手がいるので絶対になびかないのだ。 「お前は寒くないのか? 薄手だ」  そう言われて自分の格好を見てみる。  黒の細身のボトムに白い襟付きのシャツ。その上から尻が隠れるくらいのベージュのロングセーターを着て、膝丈のネイビーのコートにチェックのマフラーだ。ゼロスよりも寒くはないと思うのだが。 「見た目が薄く見えるだけで結構着込んでるぞ」 「そうなのか? 俺はもう少し着てくればよかった」 「急に冷えたもんな。今度冬物買いに出るか?」 「トレヴァーとチェスターも誘ってやれ。あいつらも結構コーディネート難民だからな」  そういうゼロスも同じく難民だ。どうにも同じような服ばかりを選んで色も形も着合わせもマンネリらしいのだ。  その点ランバートはこれでも芸能の仕事をしている。スタイリストがいて今期のトレンドなんかを揃えてくれるし、雑誌のモデルなんかもあるから最新の服を見て着ている。比較的スタイリッシュな物を着せられるのが多い。  会場の広場は人が多く、それらを一歩引いた場所から全体を見ている。ツリー自体が大きいから離れていても十分見えるのだ。 「それにしても、こっちの世界は夜も賑やかだよな」  ふと呟いた言葉にゼロスも頷く。ただそれは、良い意味ばかりではないのだ。 「やる事が多くて前よりも忙しいな。昔は暗くなればある程度終わりという考えがあったが、今ではそうでもないし」 「分かる。ついついゲーム、本、ネット。寝不足になるな」  苦笑するランバートにゼロスも同じような顔をする。昔も昔で忙しいと思っていたが、現代人はまた違う意味で忙しい。主に脳が休まる時が少ない気がする。健やかに過ごしたいものなのだが。  そんな話をしていると、少年聖歌隊による歌が始まった。定番のクリスマスソングだ。 「Silent night, holy night, All is calm, all is bright, Round yon virgin mother and child, Holy infant so tender and mild, Sleep in heavenly peace, Sleep in heavenly peace.」  わりと好きな曲で思わず口ずさむ。静かな曲調が落ち着く感じがあるのだ。  ただ、普段からボイストレーニングなんかをしているランバートの声は喧噪の中でも響いた。何よりも見た目が目立つ。途端に少し周囲が騒がしくなった。 「あれって、Artemisiaのランバートじゃない?」 「うわ、マジか! 綺麗だよな、やっぱ」 「隣って友達? そっちもカッコいいね」  そんな声が聞こえてきて、少し申し訳なくなる。  芸能の道に入ったのはファウストに自分の存在を誇示したかったから。少しでも早く会いたくて、会いにきてくれないかと思って。まさか当人に前世の記憶がなく、こんな願い叶うわけもなかったとは思いもしなかったんだ。  でも、後悔はしていない。それでもこんな時、周囲にいる人に迷惑をかけるようで心苦しくはなるんだ。 「ごめん、ゼロス。俺、離れるわ」  一言伝えて離れようとしたランバートの袖を、黙ってゼロスが引く。驚いて見ればなんてことはない、普段と変わらない様子で彼はいる。 「いいだろ、ここで。気にするな」 「いや、でも」 「お前の周辺が騒がしいのなんて、大昔からだろ? 今更気にするな。それに、そろそろ来るだろ」  ゼロスが軽く笑う、その後ろから知っている人物が二人こちらへと近づいてきた。  周囲からも頭一つは出ている長身。圧倒的なアルファのオーラを放ち周囲は見惚れはしても近づく事はできない。そんな両名がこちらを見て、とても穏やかに微笑むのだ。  思わず二人で絶句したも仕方がない。 「すまないゼロス、待たせたか?」  相変わらずの長身をダークブルーのスーツで包み、黒のハイネックセーターを着てチェックのロングコートを着たクラウルが柔らかく微笑んで手にしていた温かい缶コーヒーをゼロスへと渡す。冷えていた手もゆっくりと温もるようで、ゼロスは受け取って少しほっとした顔をした。 「少し遅かったな。仕事か?」 「いや、単純に混んでいたんだ。凄い人だ」  気の置けない会話は自然な様子がある。それだけでこの二人もまた、昔と変わらないのだと分かった。  そんなランバートの隣にファウストが立ち、穏やかに笑って温かいミルクティーを差し出してくる。受け取るとやはり温かくて、思わず頬を寄せるとふわりと撫でられた。 「待たせて悪かった」 「いいよ、この人混みじゃさ。むしろよく見つけられたね」 「駅を出た所で場所の目星はついたんだが、そこに到着するまでがな」  そんな所から分かるのかよ。  呆れているとクラウルも真面目に頷いている。凄いよな、この人達。  そして周囲は違う意味でざわついた。主に、突如現れ明らかに番を囲い込むような二名の大人についてだ。  だがもう、写真を上げられようが何をしようが構わない。事務所も正式に両名の番が決まった事を発表している。今更なにを騒ごうか堂々としていればいい。  そして騒ぎたくなる理由もわかる。そのくらいファウストはカッコいい。  黒のスーツに白の襟シャツにネクタイ。これに膝までの黒いロングコートを着ている。なんでもないお仕事コーデだが、その背に流れる長い黒髪も整った顔立ちも現実味がないくらいカッコいい。  なんて、惚れている欲目が入っていることは否定しない。 「? どうした?」 「……べつに」  まぁ、ここではそれは言わないけれど。 『時間になりました! カウント五秒前からお願いしまーす!』  司会の声でクリスマスツリーへと視線を移し、カウントダウンの声も賑やかだ。ステージの上ではゲストに呼ばれた芸人や俳優、アイドルが点灯ボタンを囲ってカウントに合わせて押した。  途端、大きなクリスマスツリーに明かりが灯りオルゴールのジングルベルが鳴り出す。そして周囲の木々に飾られたイルミネーションも同時に点灯し、柔らかい光を放ち始めた。 「綺麗」 「あぁ」  思わず見とれ呟くように言ったランバートの隣でファウストも頷く。そっと繋いだ手の温かさと大きさを感じながら握り返すと、彼はふとこちらへ視線を向けてやんわりと笑った。 「こういうイベントは初めてきたが、いいものだな」 「俺も初めてだよ」 「来年も来よう」 「うん」  繋いだ手の確かさを感じて、熱に触れて。彼に記憶がないと分かった時はこんな日は来ないんだと苦しくなった。それでも他の誰かと結ばれるつもりなんてなくて、一人で生きていくんだと泣いた日もあった。  この時間が当たり前じゃない。それを知っているからこそ、今が大切なんだ。 「ファウスト」 「ん?」 「好きだよ」  零れるように出た言葉は小さかった。けれどちゃんと聞こえていて、ふと穏やかになったファウストの腕が肩に回った抱き寄せられた。 「愛している」  耳元で囁かれる低い声は甘くて強い。ドキリと鳴った心臓がそれを切っ掛けに加速する。さっきまで寒かったはずなのに今は少し熱いくらいだ。 「ファウスト様、公衆の面前です」 「お前のその性質も変わらないな」 「!」  隣のゼロスが呆れ、クラウルが苦笑している。それに気づいたランバートは恥ずかしさのあまり叫びそうだったが、その前に後ろから回った手が囲い込むようにランバートを抱き寄せていた。 「お前だって変わらないだろ、クラウル」 「否定はしないな。俺達の昔からの仲間はこんな感じだろ」 「そうだな。さて」  ワタワタしそうなランバートは解放されたが、手は繋いだまま。こんな場所で堂々とイチャついたからか、ギャラリーがすっかり静かだ。 「ではまた週明けに」 「え?」 「そうだな」 「ん?」  ファウストはランバートを、クラウルはゼロスをそれぞれ引いて別方向に。それに引かれている両名は首を傾げた。 「あれ? 一緒に食事とかじゃないのか?」 「別行動だな」 「あ……今日のところはそれに従おう。ランバート、また学校で」 「あぁ、うん」  ゼロスは既に諦めたらしくされるがまま、ランバートもそのまま手を引かれてイルミネーションも綺麗な通りを歩いている。 「今日は泊まるだろ?」 「その予定。夕飯はどうする? 作るか?」  今世でも料理は得意だ。  だが今日は違うらしく、ファウストは首を横に振った。 「面倒だろ? 今日は外で食べよう。何がいい?」 「ん……肉!」 「ステーキ? 焼き肉?」 「焼き肉で!」  何せ育ち盛りの高校生だ。これで肉は食べたくなる。  ランバートの答えにファウストは笑い、連れだってファウストお気に入りという焼き肉屋へと向かっていく。  ロマンチックなキラキラの街に吸い込まれるように、二人の足取りは軽く。 ◇◆◇  一方その頃ランバート達と別れたゼロスもイルミネーションを楽しみながら並んで歩いていた。 「それで、何処に行くつもりだ?」  クラウルの足取りに迷いはない。ということは、行き先が決まっているんだ。 「イタリアンなんてどうだ? パスタにピザ、チョリソーも」  なんて、ちょっと意外な事をいう。店選びが少しオシャレだった。この人は意外と蕎麦が気に入っているらしく、そうした店が最近多かったから。  だが、イタリアンか。それは美味しそうだ。 「いいな」 「よかった」  短い会話。それでもちゃんと感じている。  貰ったコーヒーは少し冷めたけれど開けて飲み込む。ブラックの苦みに気が引き締まる。  その横合いから手が伸ばされ、ゼロスは持っていた缶を渡す。クラウルも一口飲み込んで無言のまま返してきた。 「スタバの新作、飲んだか?」 「いや、まだだ。寒くなったのにフラペチーノは少しな」 「ミルクチョコに苺の果肉ゴロゴロだったぞ」 「……帰りに買っていこうか」 「ははっ」  この長身美丈夫が女子高生と並んでフラペチーノなんだから面白い。コーヒー、チョコ、苺。どれも好きなのを知っている。 「クリスマス、チョコレートケーキにしようか」 「いいな。チキンレッグにパスタはどうだ? それとも寿司か?」 「家でパスタがいいだろうな。泊まっていったほうがいいだろ?」 「……誘惑が強いな。鍵掛けて寝てくれ」  なんて言うものだから面白い。こんな、オメガに見えないだろう相手に本気で欲情しているのだから。 「卒業したら好きにしていいから、それまで頑張れ」 「分かっている」  果たしてあと数ヶ月、お利口に待てができるのか。ゼロスは笑って昔と変わらず隣に並んで煌めく街へと消えていった。
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