老婆の語る古いまじない

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校舎の中は外から見るほど傷んではいなかった。床には穴が開いているところもあったし、窓ガラスも何枚か割れていた。 誰もいなかった。先生も、子どもたちも。誰も、いなかった。誰も。誰も。 誰もいなくなった学校がこんなにも寂しいのかと思った。 私は、あの子の手を握りながらみんなに会いたくなった。 きっと廃校というものはそういうものなんだ。いなくなったものに会いたくなる場所。いなくなったものを待ち続ける場所。 学校は子供がやって来るのを待っている。年齢の話じゃないよ。「子ども」はいつまでも「子ども」なの。 ただ、待って、待って、待ち続けても誰も来なくなった場所は、どうなるんだろう。 私はまだそんな場所に出会ったことは一度もない。 板張りの廊下を土足で歩いた。ギシギシ音を立てながら。足音が二人分じゃなくても驚かないくらい廃校は古かった。でも埃は積もっていない。それは人が入った証拠だった。 私たちは闇雲に歩いたわけじゃない。木造の壁には道順を示す紙が貼られていた。紙の中の矢印の向きに従って私たちは歩いた。懐中電灯の明かりは見るべきものだけを照らしていた。 あの子は気づいていたかな。ギシギシ鳴る音が私たちのものだけじゃないということに。私は後ろを振り向かなかった。 その部屋はすぐにわかった。開いた戸からチカチカと光が漏れている。切れかけの蛍光灯じゃない光の点滅に、私は思い当たるものがあった。 夜中のリビング。スイッチを切り忘れたテレビ。画面の中で動く映像。 私はてっきりテレビが置いてあるのかと思った。職員室とかにあるのをよく見たから。でもそれは現代の話だった。その学校が閉じたのはどれくらい前なのか、私にはそれを想像するだけの知識はなかった。 だから部屋に入って見た物にすごく驚いた。あの子は黙ってそんな私を見ていた。 真っ暗な部屋の中で動いていたのはテレビではなかった。どちらかと言うと、そこは映画館みたいな雰囲気さえあった。 カタカタ回る映写機。大きなスクリーン。映し出されるアニメ。 音楽なんてないアニメだった。色も黒と白のモノクロ。何て言ってるかわからないセリフが早口で回る。 同じセリフが、狂ったように繰り返される。 私はそれをじっと見ていた。何も考えていない。ただ、ただ、そうだ。そのアニメが頭に焼きついて離れなくなったのはその瞬間だった。 何日経っても何年経ってもはっきりと覚えている。暗い部屋の中で浮かび上がる、二人の女の子が主人公のアニメを。 あの子も同じだったはず。何も言わないで、早く行こうと急かすこともしなかった。 私たちは二人、そのアニメをただじっと見つめていた。 そのアニメは、集会場で会ったお婆ちゃんが語っていたおまじないの話だった。 大事なものを隠す。見つからなければ願いは叶う。 星を隠すおまじない。
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