3/10
前へ
/66ページ
次へ
 たしかに、学生時代の富澤の見た目や振る舞いには、周囲を圧倒するようなオーラはなかった。しかし、彼は他の学生とは違って、群れることをよしとしない人間だった。独特な世界観を持っており、その思考はいつも遠い未来を見据えていた。少なくとも青年はそう感じていた。  組織に所属することで安心感を得ようとする人間が多いこの社会で、起業家を名乗り、成功を目指そうとする人間は希少だ。富澤を例にするなら、独自の世界観や空気感を持っていることは、おそらく起業家にとって必須要件のはず。まもなくやってくる人物にそれがあるかどうかで、起業かとしての実力を見極めたい。これが青年の目論見だった。  もし「本物」であれば、ぜひ教えを乞いたい。富澤は最初の起業で「スマートコントラクト」という電子契約システムを大ヒットさせたが、自分には彼のような起業の才能はなかった。会社を辞めてからの二年間で、それを痛いほど感じている。であるなら、最後の望みは本物の起業家に指導してもらうことだ。  仮に相手が「本物」だとすると、今度は面接に合格できるかが問題となる。不合格なら起業家として指導を受けるに値しないということだ。起業に二回も失敗して自信をなくしている今、こんなところで自分の将来を否定されたら、自暴自棄になってしまうだろう。青年はそれが怖かった。  面接の開始時間になったが、ノックはまだ鳴らなかった。  一分が過ぎ、二分が過ぎ、十分が過ぎたが、部屋に青年一人だけという状況は変わらなかった。  二十分が経過しても、誰もあらわれない。青年もさすがに、これはおかしいぞと思い始めた。
/66ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加