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 最初は、車の渋滞や電車の遅延があったのだろうと考えた。しかし、それなら電話の一本くらい寄こしてもよさそうなものだ。青年の電話は鳴っておらず、メールも届いていなかった。  もしかすると、これは本当に詐欺だったのかもしれない。心の奥に仕舞いこんでいたはずの不安が、頭をもたげてきた。  とは言え、詐欺だと解釈するのも、いささか無理があった。そもそも青年は、まだ一銭もお金を払っていないのだから。詐欺ではなく、イタズラのようなものと考えることもできるが、わざわざレンタル会議室を借りてまでやる、暇な人間がいるだろうか……。  時計の秒針が進むのを見つめ続けたが、面接官が来る気配はなかった。  不安はさらに募り、他人の力を借りて起業に成功しようとした自分に対する罰なのだろうかという考えまで頭をよぎったとき、ドアが突然開いた。  スーツを着た背の高い男が部屋に入ってきて、青年は慌てて姿勢を正した。男は青年と軽く目を合わせて会釈をすると、正面の席に座った。そしてスーツの内ポケットからスマートフォンを取り出し、両手を使って操作しはじめた。 「黒木さん、だね?」  男がスマートフォンの画面を見たままそう訊くと、青年は「そうです」と答えた。  会話はそれ以上続かず、その後は一分以上の沈黙が続いた。男は相変わらずスマートフォンを見ながら、何かを読んでいた。  青年はそれとなく男を観察した。顔は面長で、俳優やミュージシャンがかけるような気取ったデザインの丸メガネをかけていた。
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