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年齢は三十代後半から四十代前半のように見える。知性的な顔立ちで、口元には穏やかな笑みを浮かべているものの、青年が気になったのは、男の表情の奥底に、一種の冷たさがあるように感じられることだった。
そしてどうやら、遅刻に対する謝罪はないらしいと、男の雰囲気から感じ取った。
待ち合わせに遅刻しても、悪びれた様子がない。これまでの人生で幾度か、この種の人間に出会ったが、彼らのことを心から信頼できると感じたことは皆無だった。
目の前の男も似たようなタイプの人間ではないか。そう考えると、簡単に心を許すわけにはいかない。青年は自分の警戒心のレベルを一段階上げた。
「じゃあ、始めようか」
スマートフォンからようやく目を離した男は、仕方がないからやってやるか、とでも言いたげな顔でそう言った。
「三十秒で君のことをプレゼンして」
「たった三十秒で?」と聞き返そうとした言葉を、青年は飲みこんだ。
要するにピッチだ。エレベーターピッチ。
起業家の聖地であるアメリカのシリコンバレーで、エレベーターピッチは生まれたと言われている。エレベーターに乗っているくらいの短時間で、投資家の関心を得られるようなプレゼンを起業家が行うことを意味しており、日本でも投資家の前でやらされることがある。青年は、これが大の苦手だった。
「準備ができたら、いつでもどうぞ」と男は言った。青年は深呼吸をして覚悟を決めると、早口で話しはじめた。
「黒木智也と申します。私は中堅の住宅リフォーム会社で五年勤め、支店トップの営業成績を収める傍ら、社会人セミナーにも通い、経営のイロハについて学び……」
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