3/5
前へ
/66ページ
次へ
 砂遊びをやめた息子がそう聞くと、パパは車が売れたんだってと妻は優しく答えて、二人はまた砂の城づくりに取り掛かった。  男の妻は、彼の仕事が高級車のディーラーだと思い込んでいた。富裕層を相手に、ポルシェやフェラーリを売りまくるのが仕事だと言って彼女が信じたから、今までずっとその嘘を突き通してきた。  本当のことを説明するには複雑だし、説明したところで彼女は信じないと男は考えていた。それに説明するのは面倒だった。  彼は生まれつき、面倒なことが大嫌いだった。面倒ごとはできるだけ避けたいが、人一倍頭の回転が速く、他人には思いつかないようなビジネスを考案してしまう。それが男の悩みの種だった。  若い頃、起業や投資など、金になりそうなことは何でも試したが、どれも骨の折れる仕事だった。うまくいく可能性はあるが、それに付随してくる面倒な作業や、心身の疲労を嫌う彼にとって、天職とは言えなかった。  しかしどうやら、自分の才能をあますことなく使える天職を、ようやく発見したのかもしれない。男はこの頃、そう思うようになっていた。  妻子を砂浜に残し、書斎に戻った男は、ノートパソコンを起動した。たったいま閃いたビジネスアイデアを頭の中で膨らませ、具体的な形にするべくリサーチを開始した。作業に没頭し、気がつくとテレビ会議の時間になっていた。  男は仕事用のスーツに着替え、丸眼鏡をかけると、テレビ会議用のソフトを立ち上げた。 「そちらのお天気はどうですか?」  初老の不動産屋が画面越しにたずねた。 「すがすがしい天気ですよ」
/66ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加