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その中から、男女の二人連れが寄り添うように飛び出してきた。サークルを離脱した後も、向かい合って飛行ダンスを続けている。アカリはリサと顔を見合わせた。
「うそ、もう成立してる?」
「あたしたちも行こう」
タイミングをはかって合流する。そのとたん、アカリはあまりのまばゆさに目をしばたたいた。
ルミナス・サークルの中は光の奔流だった。光の塊が互いに近づいたり、離れたり。寄り添って飛ぶ光は、成立間近のカップルらしい。
恋の駆け引きを気おくれしながら見ていると、アカリの隣に青い光が並んだ。
「やあ」
少し年上だろうか。スポーツマンらしい体格の、短髪をおしゃれに整えた若者だった。
「一人?」
「いえ、友だちと……」
と振り向くと、リサはいつの間にか少し後方に移動していた。気を使ってくれたようだが、なんだか少し心細い。そう思ううちに、若者が近づいてきた。
「しばらく一緒にいてもいいかな」
「えっ」
思わず距離を取ろうとしたが、その距離をさらに詰めてくる。
相手にぐいぐい来られて、アカリは少し慌てた。出会いを期待してはいたけれど、こんな展開は予想外だ。様子を見て、気の合いそうな人がみつかればいいな……と思っていただけなのに。
「あの、ちょっと」
「うん?」
牽制を試みるも、にっこり笑顔にかわされる。「決定権は女性の側にあります」。子どものころからそう教わってきたのに、いざ実践となると難しかった。相手のほうは余裕がありそうだから、なおさら。
「……」
言葉に詰まったアカリは、速度を上げた。
驚く人びとを追い抜き、全速前進する。そのままルミナス・サークルから飛び出すと、さらに高度を上げて飛び続けた。今日のためにウェーブをかけた髪が風に巻き上がり、ワンピースのすそがはためいて音を立てる。
しばらく飛んで振り返ると、若者の姿は影も形もなかった。
火照った頬を夜気が冷やしてくれる。あの人も、サークルから踏み出してくるほどの気持はなかったのだ。ほっとしたのと滑稽なのとで、アカリは声を出して笑った。
あたし、子どもみたい。声をかけられただけで慌てて逃げ出すなんて……。
そのときふいに、強い風が吹きつけてきた。
「月が隠れるぞ! 高度を下げろ!」
叫び声とともに、警笛が鳴り響く。顔を上げると、月の輪郭がぼやけて見えた。再び雲がかかりはじめたのだ。
若者たちはルミナス・サークルを解き、次々に降下している。アカリもそれに続こうとした。行きはあっという間に思えた浜辺までの距離が、帰りはひどく遠い。
「わあっ」
悲鳴が聞こえたかと思うと、すぐそばを誰かが落下していった。次の瞬間、体内に感じていたエネルギーがふっと消えた。
浮力を失った体が強い力で海面に引き寄せられていく。月の最後の一片が雲に隠れるのを視界の端に見ながら、アカリは意識を失った。
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