第3章:本当に欲しいもの

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『第3話:見知らぬ罪人(3)』 乃亜はにこりとほほ笑んで、三人に警戒心を抱かせない声を意識する。 なにはともあれ、執事の小言を避けるために、泉に持ってきた死体は無事に処分できた。 屋敷に招くことに成功すれば、あとは彼らが何者であろうと、それこそ執事に任せてしまえばいい。解かれた手首の無事を確かめながら、乃亜は三人と共に屋敷への道を引き返すことにした。 「キミは一人であの屋敷に?」 「いえ、執事と使用人はいますが、お母様は出かけていて滅多に帰ってきません。そういう意味では一人とも言えますね」 「さっき乃亜ちゃんが言ってた人形って何?」 「私の食事相手のことです。私は永年を生きる吸血一族ですので」 「ということは、ここは不死国か」 「不死国?」 「自分の育つ国も知らないのか?」 「私は、この屋敷以外の世界を知りません。あ、でもだからと言って不自由だと感じているわけでもないんですよ。皆さんが望むなら好きなだけ滞在していただいても大丈夫ですし、あ。そうだ」 後ろをついてくる三人を振り返って、乃亜は両手を叩いて提案する。 「お名前をお聞きするのを忘れていました」 同じく足を止めた三人は一度何かを考える間を置いた後で、その唇を三日月形に捻じ曲げた。 「一度死んだ名だ。好きに呼べ」 「その方が都合がいいかもしれませんね。では、ボクもキミに命名をお願いします」 「じゃ、オレも。乃亜ちゃんの好きな名前でいいよ」 こういうところはよく似ている。というより、息がぴったりだと表現した方が正しいのかもしれない。 「三人は面識があったのですか?」 「ううん、ないよ。今日が初めての顔合わせ」 「存在は知っていましたし、使用もしていましたけどね」 「使用?」 「名前は決まったのか?」 「えっ、あ、ああ。では、斎磨。萌樹。三織ということにします。特に意味はありません。今、思いついたままです。人形に名前をつけるときは、いつも直感でつけていましたし」 伺うように見つめた三人の顔に異論はないらしい。特に異議も唱えられなかったので、三人の名前は拍子抜けするほどあっさりと決まってしまった。 「これはなかなか。加虐心を煽る娘で喜ばしいと言いましょうか」 「本当の人形がどう扱われるか教えてあげたくなっちゃうよね」 「そうだな。躾ける必要はあるだろう」 「なにか言いましたか?」 たどり着いた屋敷の扉を開ける間際、聞こえた会話に振り返る。振り返った先には無言の微笑み。美形が三人並んで微笑むだけの姿は、夜の不気味な林を背景にしていても輝いてみえるのは新発見だった。 けれど、それに見惚れている時間はない。 玄関を開けた先、そこには仁王立ちで苛立ちを顔に貼りつけた執事が立っていた。 「お嬢様、屋敷を抜け出して一体どちら・・・おや、見ない顔ですね」 「斎間、萌樹、三織よ。そこで会ったの」 「会ったと申されましても、一体どちらで?」 「魔法の泉」 「またご冗談を」 「冗談じゃないってば」 執事が怪訝な顔をするのも無理はない。乃亜だって半信半疑の現実を疑いもなく信じろという方が無理な話だろう。 それでも執事は長年執事として仕えているだけのことはある。 「まあ、いいでしょう。明日の朝は仕事が一つ減ることを願っています」 屋敷内に入ることを許可した心意気に、乃亜は喜んで三人を招き入れた。 「じゃあ、斎磨、萌樹、三織をお風呂に入れて、屋敷の説明をしてあげて」 「はい?」 「実は昨日寝てないからすごく眠いのよ、お願いね」 乃亜は、これでひとつ肩の荷が下りたとホッとしながら執事に言伝して自室に帰ることにした。 今日は色々ありすぎた。今は泉の底で眠っている三人の人形からまさに言葉通り死ぬほど愛された身としては、そろそろ体を休めたい。徹夜で酷使した身体は眠気を訴えて乃亜の意識を枕へと誘っている。執事に任せた彼らの正体がどうであれ、ひとまず眠れば良案も思い浮かぶだろう。 「はぁ。お嬢様の世間知らずにも困ったものです。まあ、そう育てたのは奥様の命令でもありますが、少し甘やかし過ぎているような」 執事の小言は聞こえないふりをして、乃亜は悪夢のような現実から逃げるように眠りについた。
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