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『第4話:心から求めたもの』
玄関に設けられた時計台が、ボーンボーンと低い音を鳴らして午後の八時を告げている。
「お嬢様もまた物騒な人形を招き入れたものです。一人はともかく、お二方は明日の朝にはそれぞれの国で紙面の一面を飾られる予定の方でしょう?」
「どうやら“有能”な執事のようですね」
「どなたの屋敷を任されていると思っているんですか、これでも自負しております」
「へぇ、だからオレたちのことも知ってるって?」
「初対面の家人を力試しに弄ぶ残虐性を持つ者は、そう多くありませんので」
乃亜が眠りにつく頃、残された三人は目の前で憂いを吐き出す執事をその手にかけて殺していた。
聞こえた銃声はふたつ。一体、いつどこで手に入れたのか、斎磨と三織の放った銃声は執事の胸と頭をとらえ、萌樹の短刀がその首を落としていた。
静まり返った玄関に崩れ落ちた執事の体と、それを見つめる三人の冷静なまでに冷めた瞳。ところが時計の音が鳴り終わるか終わらないかというとき、執事は息を吹き返したように立ち上がっていた。
「死にませんよ、そういう人種なんですから」
はぁ、と。慣れたような仕草で、執事は落ちた自分の顔を拾い上げる。
「わたしも首が上についているより抱えるほうが落ち着きますので、このままで失礼します」
穴が開いたはずの胸と脳天は元通りにふさがり、切断された胴体と首だけが別の生物のように存在している。
「ここが不死国というのは本当らしい」
銃を下した斎磨の声に生き返ったばかりの執事は「おや、お疑いで?」と、物珍しそうな顔を向けた。
「ここは不死国のとある山奥にある、とある方の屋敷です」
「その説明でオレたちが納得すると思ってんの?」
「納得するしないではありません。ただ、秘密事項ですので」
当然のように言葉を濁した執事の顔は、胴体に抱えられた脇の辺りで微笑んでいる。
異常ではなく正常。
相反する世界は共に存在しながら、常に異なる概念で付き合っている。
「わたしが不死であるかどうかだけを確かめたいのでしたら、奇襲ではなく命じてくださればよかったものを」
「死んでくださいと申し出て、素直に死んでくださる方はいませんよ」
「それは、あなた方がいた元の世界のお話しでしょう」
くすくすと笑いながら交わす会話には思えない。
それでも執事は冗談を言っていない。
「あなた方、不死国の者を手にしたのは今日が初めてのようですね。どうです。先ほどの行為は不死になった身体の参考になりましたか?」
「不死?」
「そのような顔をなさらずとも、あのお嬢様が初めて自分から選んだ人形。ただの死体というわけではないでしょう」
「なぜわかる?」
「死んでいただければわかるかと」
次に銃声は聞こえない。代わりに、貫いたばかりの銃弾を吹き返すような仕草を執事が見せ、斎磨と三織の額にそれぞれ埋まる。それを見つめていた萌樹の胸にも執事の胴体が短刀を突き刺していた。
何分。いや、たった三秒に満たない短い時間。秒針は変わらず動き続け、制止したと思われた空間が時を戻し始める。
「あー、もう、いきなりすぎてマジびびったぁ」
三織の声を筆頭に、彼らは同時に苛立ちを顔に宿しながら息を吐き出す。
「死んでくださいと申し出て、素直に死んでくださる方はいないとあなた方が申したのですよ」
「だからってこれはないんじゃない?」
「ですが。これで、不死の感覚がおわかりになられたかと」
得意気に語るその声に後悔も懺悔もない。当然のことをしたまでだと、正当を口にする執事に教えられた事実は、疑いようもなく三人を生かしている。普通であれば死んでいる。血が流れ、苦しみが這い上がり、熱さに焼ける痛みがきてもおかしくないのに、かすめたのは針を刺された程度の刺激だけ。
「痛いことに変わりはないのですよ」
どうやら執事は奇襲を根に持っていたらしい。
「不死だからといって、感覚まで死んでいるわけではございませんので」
それはすまなかったと、誰も謝らない。
同じことを仕返しされた事態に面食らったといった方が正しい気もする。軽快に言葉を吐き出す三織も、無言で自分の体が修復されて行くのを感じ取っていた斎磨も萌樹も、そろって凍り付くほどの冷たい目で執事を睨んでいる。
それをどう解釈したのか、執事は自分の顔を首に戻すと、元通りに完成した身体でまたニコリと笑みを浮かべた。
「ご安心ください。お嬢様とわたしに男女の関係はございません」
執事を囲む三人の顔が虚をつかれたように疑問に歪む。
「おや、それこそお気付きでなかったとは興味深い。あなた方のような特殊性のある瞳を持つと、そういうものに疎くなるのですかね」
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