第3章:本当に欲しいもの

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『第4話:心から求めたもの(2)』 「言いたいことがあるなら正確に口にしろ」 「牙の疼きを制御しろ。と、申し上げているのですよ。嫉妬で殺されていては、わたしも身が持ちません。これでも忙しいので」 どこをどうみれば、あの行為が嫉妬から引き起こされた殺人に思えるというのか。 三人の表情から受け取れる内心はそんなところか。それでもこれまで数えるほどの人形を出迎えてきた有能な執事には通じない。 「その目を向けられるのは、何もあなた方だけではなかったもので」 実際そうなのだろう。 執事の言葉には先ほどから嘘は一切見られない。 「赤子から育てたのですよ。親のようなものです」 これ以上相手にしても時間だけが無駄に過ぎていくのだと悟ったに違いない。諦めたように斎磨が敵意を消すと、萌樹と三織もそれに習うように肩の力を抜いた。 「よい判断です。わたくしども使用人一同は、乃亜お嬢様がどのような形であれ、ここが一番だと思えるよう務めるだけです。幸せの在り方など人それぞれ。それについては、あなたがたの方が自論をお持ちでしょう。たとえ光の差さない廃墟同然の屋敷内で幽閉されようとも。このような薄暗い場所に咲く一輪の薔薇。ぜひ、思う存分愛でてくださいませ」 首の繋がった執事は、これでようやく仕事に取り掛かれると三人に背を向ける。 「お嬢様が名付けられたのであれば、ここでのあなた方の名前は斎磨、萌樹、三織です。以上でも以下でもなく、それにわたくしどもも習いましょう。風呂場はこちらです」 「他には?」 「何かご入用であれば遠慮なくお申し付けください」 「それだけ?」 「それだけ、とは」 前を歩く執事についた三人は屋敷内を観察するように廊下を進む。時折何に使われている部屋か説明をする場面もあれば、無言で通り抜ける場面もある。別に詳しく聞くつもりはない、確かめれば済むだけのこと。 時間だけは、有限ではなく無限が保証されている。 無駄に殺し合う必要もなくなってしまった以上、ここで出来ることも多くあるだろう。 ただひとつだけ、彼らには確認しておくべきことがあったらしい。 「乃亜の幸せを願っていると言ったな」 「はい、申し上げました」 「それなのにオレたちみたいなのに預けちゃっていいの?」 「と申しますと?」 「ボクたちの素性をご存じであれば想像に難くないでしょう。大事なお嬢様が殺されるかもしれませんよ?」 そこで執事の足がピタリと止まる。 三人も足を止め、無言の背中を向ける執事をただ黙って見つめていた。 「ご冗談を」 ふふっとこらえきれない声を漏らすように執事が振り返る。 「あのお嬢様を殺せる者などこの世にはおりませんよ。確かめたければご自由にどうぞ」 右手で廊下に面した扉を差しながら、我慢できない笑みを隠すように執事の顔が歪んでいる。 何がそんなに面白いのか、やはり世界が変わると微妙にどこかずれるらしい。 「小汚い格好をとりあえずどうにかなさってください」 ガチャリと開いた扉の向こうは浴室。 「屋敷内を歩くのはそれからでお願いします」 三人に忠告して扉の中へと押し込んだ執事は、しばらく一人きりの廊下で笑っていた。 珍しいことを言う変な客人が来たものだと思う。 今まで乃亜に与えられた人形は、乃亜が不死であることを知って、望んで身を捧げに来る。自分も不死になれると思っているのか、はたまたそう吹き込まれるのか。 「お嬢様もどうせ拾ってくるなら、女性らしさを教えてくれる相手を連れてきてくださればよいものを」 今回の珍妙な三人組は手がかかりそうだと溜息が落ちる。 朝の仕事は確かにひとつ減るかもしれないが、それ以上に、厄介なことが起きなければいいと願うばかり。もしも何か不祥事が起こるようなものなら、それこそ執事の首は危ないかもしれない。 「わたしは奥様に叱られないようにいたしましょう」 顔から笑みを消して執事は窓の方へ足を向ける。 いつからそこにいたのか、真っ黒なフクロウが闇に紛れるように赤い目だけを残していた。 「奥様にこれを」 執事が飛ばした伝言は闇の中を切り裂くように飛び去り、そしてものの数時間で屋敷に女主人を寄越すことに成功する。 そうしてやって来たばかりの女主人は、風呂をあがったばかりの美麗な男三人を並べ、叩き起こした乃亜を脇に置いて、三人と乃亜を一瞥すると同室で過ごすことを義務付けた。 そこから先は記憶の通りに進むだけ。 食事を確保するためにバラバラになった三人を集めに出向き、結果、乃亜はかつて自分が使っていた勉強部屋という名の書斎で斎磨に縛り上げられ、今日にいたるまでの過去の記憶を語っている。 「乃亜、お前はなぜ俺たちを呼んだ?」 その問いに対する答えはひとつしかない。 「ただ、愛されたかった」と。
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