To a world yet to be discovered./まだ見ぬ世界

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To a world yet to be discovered./まだ見ぬ世界

 大陸の北の果てにある小さな島々からなるフレゼリシア王国は、大陸の彼方此方に芽吹く春の兆しをまだ受け取ることが出来ない、凍えるような風が吹き抜ける下で春の訪れを心待ちにしていた。  そんな冬の足音を木戸を嵌めた窓の外から聞きながら小さく溜息を吐いたのは、激務の合間の息抜きに訪れる事が多くなってきた秘密の恋人の執務室へと足を踏み入れたアドラーだった。  いつもなら頼りないだの物の役に立つのか等と陰口を叩かれかねない穏やかな笑みを浮かべつつ出迎えてくれるのだが、珍しいことに外出中のようで、部屋にいたのは彼の執務を支えている遠縁の少年のエリックだけだった。  エリックのこんにちは副長という元気いっぱいの声に自然と口角を持ち上げて頷いたアドラーだったが、珍しく出かけているのかと問いかけると、春の暖かな日差しを連想させる笑みをいつも浮かべている顔がにわかに曇り始めてしまう。 「どうした?」 「……今度視察に行くことになったから道案内をしろと言われても、行ったことのない村の地図すらないのに案内なんてできるわけないのになぁって言いながら出ていきました」  その顔がその時の己の恋人が抱いた不安と不満とやるせなさを見事に表現していて、思わず目の前に彼がいるかのように手を伸ばしてきらきらと光るブロンドの頭を撫でてしまう。 「副長……?」 「何でもない。その様子だとすぐに帰ってくるだろうから待っていても良いか?」  敬愛する親衛隊の副長に頭を撫でられた感激に呆然と見上げてくる少年に微苦笑し、お前の仕事の邪魔にならないようにするから暖炉前のカウチで待っていてもいいかと問いかけ、この先同じことを繰り返しても許しを得たと思えるほどの激しさと回数で頷かれて白い頬を一つ撫でてカウチの前に向かう。  腰を下ろしたアドラーの背後から本が落ちる音と慌てるような気配を感じ、もしここに赤毛と黒髪の友人がいればいたいけなエリックを揶揄うなと睨まれるなと自嘲し、カウチに置いてある本を手に取るとあっという間に本の世界へと入り込むのだった。
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