To a world yet to be discovered./まだ見ぬ世界

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 日頃、そこにいてもいなくても分からないと言われるほど大人しく人の意識野に入ることもない男が、そんな周囲に気遣う余裕も無くすほど感情的になっている姿を目の当たりにしたアドラーが掛けた言葉にラープサーの膝が働くことを放棄したらしく、かくんと膝から頽れそうになったのを伸ばされた手が阻止し抱き留められる。 「……っ!」 「こっちに来い」  己よりも小柄とはいえ成人男性であるラープサーを軽々と抱え上げて先ほどまで己が腰かけていたカウチに運んだアドラーは、様々な感情により嚙み締められている唇に気付いてキスをし、驚愕から開かれる唇ににやりと笑みを浮かべる。 「噛み締めていると切れるぞ」 「……っ」  カウチに下ろされて隣に腰を下ろしながら己へと向き合ってくれる恋人の気遣いに、親衛隊の責任者であることを教えてくれる服をぎゅっと握りしめて胸板に頭を押し当ててしまう。 「……悔しいなぁ」 「お前の職分を理解しない奴らのことか?」 「……うん」  己の胸に頭を押し当てて悔しいと繰り返すラープサーの柔らかな髪を見下ろしていたアドラーだったが、己にも覚えのある感情だったために短く問いかけた後は特に何も問わずに手触りの良い髪を撫でていると、どれだけの時間が流れたのかが分からなくなりそうな頃に一つ吐息が制服の上を滑り落ちたことに気付く。
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