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その力強さに安堵を覚えて息を吐くと、いきなりどうしたと苦笑交じりに問いかけられ、いや、何となくそう思ったと誤魔化すように言葉を続けると少しの沈黙の後、神々が作り上げたのではと噂される形の良い唇が弧を描く。
「何処に行こうが人はいる。肌の色や話す言葉が違ったとしても、人はひとだぞ」
同じく歌うように囁かれるのは、今、今だけは目を背けたかった真理を言葉にしたものだったが、それに対する反論も皮肉も口にする元気がなく、そうだよねと力なく同意をすると、重ねられていた手が不意に自由になり、代わりに背中を抱きしめられる。
「わざわざ出かける必要はないだろう?」
「うん、そうだね……」
遠い国に出かけたところでそこにいるのは紛れもない人なのだ。
ついさっきまでアドラーが入り込んでいた本の世界の物語のように不思議な力を操る人と似通った存在がいるわけでも、獣の姿形をとりながら人語を話す存在がいるわけでもない、言葉は通じないが気持ちは通じる人がいるだけだった。
「まだ見ぬ世界へ行っても、そこにいるのは人だ」
「……分かっているよ」
でも、今は、今だけはそんな考えを忘れて自由な気持ちで見知らぬ世界に行ってみたかったと続けるラープサーの後頭部を慰めるように撫でたアドラーだったが、小さく息を吐いた後にそうかと何かに気付いたような声を上げる。
「どうした?」
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