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出会いと裏切り
「君の名前、実桜ちゃんっていうの? 俺は一誠。二人の名前から一文字ずつ取って合わせたら、『誠実』だね。俺たち、縁があるって思わない?」
居酒屋で出会った男、一誠は人の心を掴むのが上手かった。
私と彼の名前を一字ずつとると、「誠実」という言葉になると聞いた瞬間、普段無口な私も思わず笑ってしまった。
口がやたらと上手い、一誠らしい誘い方だったと思う。
私には一誠の言葉がまぎれもない真実のように思えて、たちまち彼に惹かれてしまった。
一誠も私もすでに両親はおらず、ひとりで頑張って生きてきた点も同じだった。
一誠との交際が始まると、彼が私のアパートに転がり込む形で同棲となり、二年目にプロポーズされた。
「私を裏切らないって約束してくれる? 私は親に見捨てられたから、もう裏切られるのは嫌なの。約束してくれるなら、私も一誠と一緒に生きていきたい」
新しい妻と再婚した父の家庭に私の居場所はなく、見切れ金のような資金を少し受け取って早々に自立した。父に見捨てられてから、私はずっとひとりで生きてきた。
「俺は実桜のことを裏切らないと約束するよ。だから結婚しよう」
「ありがとう。不束者ですが、よろしくお願いします」
籍だけ入れて、結婚式はしなかった。両親の援助もない私たちには華やかな結婚式は不要のものだと思ったし、それほど興味もなかった。
代わりに花嫁衣裳を着た記念のフォトフレームだけ撮影して、少しだけ贅沢に新婚旅行を楽しんだ。
夫となった一誠との生活は、とても楽しかった。彼は私への愛の言葉をいつも囁いてくれたし、私も夫のことを深く愛していた。一誠と私は、出会うために生まれてきたのだと思うほど深い絆で結ばれていた。
……と思っていたのは、私だけだったようだ。
結婚して二年目になると、一誠の帰宅が遅くなるようになった。
「仕事だよ」という言葉を、最初は信じていた。けれどそれは嘘だとすぐに気づくことになる。女物の香水の香りがスーツにしっかりついていたからだ。
「同じ職場にさ、香水の匂いをぷんぷんさせてる女性の上司がいるの。上司だから嫌とは言えないし、部下としてサポートが必要だろう?」
香水の匂いが不着している理由をさらりと語る夫、一誠。
「そう……大変だね」
「気の強い上司でさ~。ホント参っちゃうよ」
いくら上司と部下という関係でも、ワイシャツにまで香水や口紅がついていたりはしないだろう。抱き合っていたとかでもなければ、襟元に口紅がつくなんてありえない。
自分の仕事を休み、夫の一誠を尾行することにした。
仕事が終わると、一誠は洒落たワインバーで女と待ち合わせしていた。肩を寄せ合うようにしてワインを楽しみ、その後は夜のホテルの中へと消えていった。
私を裏切らないという約束をいとも簡単に破り、夫の一誠は私に隠れて浮気していたのだ。
「一誠……どうしてなの? 私のこと嫌いになったの? プロポーズの約束を忘れるなんて……許さないんだから」
女と消えたホテルに乗り込みたいのを必死に我慢して、自宅の賃貸マンションで夫が帰ってくるのを待つことにした。
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