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「ねぇ、一誠。あなた、浮気してるでしょ?」
残業で遅くなったと言いながら帰宅した夫に詰め寄った。
最初はどうにかごまかそうとしていたけれど、私が尾行したことを知るなり、夫は態度を一変させた。
「ああ、そうだよ。だから何だ?」
「私のことを決して裏切らないって約束したじゃない!」
「そんなこと言ったっけ? 覚えてない」
「私にはあなたしかいないのに。なぜ裏切るの?」
「おまえの愛情が重いんだよ。俺のこと尾行するとか、普通しないだろ」
「そんなの裏切っていた理由にならないっ!」
「ああそうですか。なら別れる? 俺は別にいいよ」
一誠はあっさりと離婚を口にした。謝罪して反省してくれるなら、一度だけは許そうと思ったのに。
「プロポーズしてくれた時に言ったわよね? 私を裏切らないって」
「だから覚えてないって。俺、女を口説く時の言葉なんて、いちいち記憶してないんだよ。キリがないからさ」
一誠に誘われたときも、プロポーズの言葉も、私には大切な思い出だったのに、夫は何一つ覚えていなかったのだ。
「慰謝料はちゃんと払うから別れよ。じゃあな」
私にとって一誠は、生涯ただひとりの夫であり、運命の相手だと思っていた。彼とならずっと欲しかった温かい家庭を作れると思った。
「待ってよ、一誠。尾行したことは謝るから、お願い、捨てないで」
エレベーターが苦手な夫は、マンションの非常階段を使って外へと行くことが多い。私は非常階段を降りようとしていた夫の背中にしがみついた。
「おまえが悪いんだぜ。俺のこと疑って尾行なんてしたから」
「だってシャツに口紅がついてて」
「怪しくても何でも、俺のことを一途に信じてればよかったんだよ。そしたら捨てる必要はなかったのに」
「そんな……!」
私の手を振り払い、夫の一誠は階段を降りていく。
私はあなたのことを愛しているのに。夫だけは私を見捨てないと思ったのに。私を裏切って捨てていくなんて……
許さない。絶対に許すものか。
「この裏切者っ!!」
気づけば私は、夫を階段の上から突き落としていた。
青ざめた夫が階下へと堕ちていくのを眺めながら、夫と共に地獄へと旅立つことができるなら、そんな人生も悪くないと思った。
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