新生活

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新生活

 両親がいない私と一誠は互いに支え合いながら生きてきた。やがて結婚し、幸せな生活を送っていた。一誠には親類縁者も友人もいなかったので、私だけがあなたの理解者だったのよ……という偽りの記憶を一誠に与えた。  記憶を全て失い、まっさらな状態になっていた一誠はすべて信じ、私の言葉通りに生きていくようになった。  夫は体調が安定しなかったので、家の中でゆっくりしてもらいながら、簡単な家事をやってもらうことにした。  家の外に出ると、ふとしたことで記憶を取り戻してしまうかもしれない。だったら家の中に閉じ込めておいたほうがいいから。  簡単な掃除や軽い朝食などを担当してくれれば十分だと思ったが、元々頭の回転が良い人だからか、料理書片手に美味しい食事を作ってくれるようになった。朝は私より早く起きて朝食を作り、私が仕事を終えて帰宅すると、温かい晩御飯を作って待っていてくれる。 「お帰り、実桜。仕事、お疲れ様です」 「わぁ、今日もごちそうね」 「実桜のために栄養たっぷりのご飯を作ってみたよ。明日からはお弁当も挑戦してみる」 「本当? でも無理しないで」 「無理しないで、は僕の台詞だよ、実桜。僕が働けないから……」 「気にしないで。夫を支えるのが妻の役目って言ったでしょ」 「実桜、ありがとう。愛してる……」  私に従順に尽くすようになった一誠。以前の夫とはまるで違うけれど、今の彼は私がいないと生きていけない。そんな男に私がつくり変えたのだけれど、彼も案外こんな人生があっているのではないだろうか。だって今の私と彼は、とても満たされているからだ。  私だけ働いているので経済的には楽ではなかったが、愛し愛される生活がこれほど心を潤してくれるとは思わなかった。ああ、なんて幸せなのだろう。夫と共に地獄に堕ちるつもりが、天国に来た気分だ。  一誠は愛する妻のためにと、お手製の豪華なお弁当を毎日もたせてくれた。朝食にもビタミン豊富なスムージーを用意してくれて、私の体調を気遣ってくれる。帰宅すると、疲れている私の体を優しく揉んでくれる。 「実桜、肩がすごく凝ってるね。しっかり揉みほぐしてあげる」 「仕事で主任になったから、体に疲れが溜まってるのだと思うわ」 「実桜はすごいな。さすがは僕の奥様だ」 「あなたが支えてくれるからよ」  夫婦で支え合いながら共に生きる。これこそ私が求めていた生活だ。  私が働き、一誠は主夫となる。家の中に閉じ込めている夫に、他の女に出会う機会は少ないはずだ。夫婦の役割が以前とは逆だけれど、理想的な家族といえるだろう。  ああ、なんて幸せなのだろう。  二年ほど経つと、幸福な生活があたりまえとなった。次第に私は夫に強い口調で命令するようになっていた。
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