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地獄の果て
***
「私の名前は、『実桜』というのですか?」
病院のベッドで横になっている私に、優しい微笑みを浮かべた男が、私の名前を教えてくれた。
「そう、君の名前は実桜。僕は一誠と言うんだ。僕と君は夫婦でね。おしどり夫婦と評判になるぐらい仲良しだったんだよ」
「そうなのですか? 私、何も覚えてなくて……」
自らを一誠と呼ぶ男のことを思い出そうとしたが、頭がずきりと痛む。何も思い出すことができない。
「いたい……わからない……」
「いいんだよ、無理に思い出さなくて。僕が君を支えて守っていくから」
「でも私、一誠さんのことを覚えてないです。そんな私のために」
「僕のことは一誠と呼んでほしい。君の夫なんだから」
「でも一誠、私は」
一誠は私の体を優しく抱きしめる。
「もう何も言わないで。君は家の中でゆっくり休んでいてほしい。僕が働いて君を守るから」
私の夫だと言う男は、私の目を見つめて微笑んだ。
「どんな困難があろうと共に生きていこう。僕と君はこの世でただひとりの運命の相手であり、夫婦なのだから」
私を抱きしめる夫の温もりにそっと身を委ねた。彼のことを覚えてないけれど、私にはこの人しかいないのだから。
「地獄の果てまで共に行こう、僕の愛しい妻よ」
了
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