序章

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 たちまち黒い旋風がサイロを包み、やがて竜巻のようなうねりを伴いながら彼の周囲を覆い尽くした。しかし突然のことに驚きもせず、冷静な自分がいるのをサイロは感じていた。  髪も衣服も風にはためかせながら、彼はじっと悪魔の言葉を待っていた。 「それでは、サイロ殿────」  悪魔が、口を開いた。獣に似た牙の並ぶ口元が横に開き、地獄の底から声が這いずり出る。 「我、闇の悪魔なり。第3代魔王の配下である我の力に於いて、サイロと契約し、願いを叶えんとす。いざ願いを述べよ」  いっそう激しさを増す風の中、サイロは強く前方を睨んだ。黒い空気に阻まれた視界には何も映らず、しかし、ただ耳には轟々という唸り声のみが響いている。  今まで、悪魔との契約のために血が滲むほどの努力をしてきたのだ。そしてもう、ここまで来ている。  戻れぬ覚悟を胸に、彼は望みを叫んだ。    ***  何十年も前のことである。魔界で強大な力を誇っていたとある魔物が、世を恐怖に陥れていた。その力ゆえに周囲から崇め奉られた魔物は、やがて魔王と呼ばれるようになる。  魔王は人間の住む世界にまで支配の手を伸ばすと、陸地から海、天空に至るまでを我が物にし、邪智暴虐のままに振る舞っていた。  魔王が起こした悪事と悲劇は数知れず。朝改暮変の命令により多発した数々の天災や未曾有の危機が、世界を恐怖と暗澹の時代に陥れていた。  被害が拡大するほど、当然人間は抵抗しようとする。多くの勇気あるものが魔王の城に送り込まれ、不思議な力を持つ魔導者や治癒者が、勇者と共に敵に挑み、そして命を散らしていった。  その後紆余曲折はあったものの、結果的に勇者アーキスが魔王を斃し、人間界には平和が訪れたのだ。  現在魔界を統治している第3代目の魔王は、とんでもないドラ息子で、魔界の政治にも国の運営にも一切携わらない張子の虎なのだが──まあ、それについてはおいおい語るとしよう。  渦巻く風は、さらに激しさを増していた。暴風とも言えるほどに吹き荒れる風が、大地を削り、もうもうと土埃をあげながら大気を切り裂いている。 「いざ、願いを述べよ!」  悪魔の声が再度轟いた。荒れ狂う黒風に呑まれながら、サイロは静かに声を発する。 「──俺を、魔王に戻せ」  直後、雷光に等しい光が炸裂した。
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