15 命令と殺意

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15 命令と殺意

 ミーヤは恐れていた。トーヤがルギと対決することを。  もちろん、他の誰でもそんなことになってもらいたくはない。それは侍女としてだけではなく、人として普通に持ち合わせる感覚だ。  だがその中でも特にこの2人に争っては欲しくない、そう思う気持ちは強かった。  もしも今度2人が刃を向けあったら、その時にはどちらかが命を落とすのではないか。そんな嫌な予感がする。それもかなり強く。  トーヤはプロの傭兵で、認めたくないが人の命を奪う術を知っていて、実際にこれまでも何人もの人間をその手にかけているのだろう。   現に八年前にはルギの命を奪おうとした。すんでのところでルギがトーヤのナイフを回避できて顎に傷を負っただけで済んだが、トーヤはそのつもりでルギに刃を向けていたのだ。  そしてルギはこの国で一番の遣い手と言われる剣士だ。訓練と試合以外での立ち会いの経験はないが、その腕は正当に磨き上げられた一級品の剣だと言える。ちょうどマユリアが下賜した今ルギの腰に下げられているあの剣のような。  八年前にもトーヤをどうこうするつもりではなく、トーヤが洞窟をカースの手前まで進めるかどうかを確認し、宮へ戻らせるため、逃走を防ぐつもりで剣を向けただけだった。あの時、謁見の間でマユリアがそうだったと認めている。あの時争いになったのは、トーヤが一方的に斬りかかったからだった。 「だから、ルギが誰かにそのような目的で剣を向ける、そんなことはないのだろうと私は思っていました。あの時、シャンタルからその話を伺った時にも、だからもう終わったことだったのだ、なかったこと、そう思って忘れることにしたんです。だけど」  ミーヤは厳しい目をトーヤに向ける。 「ルギは実際に一度トーヤに殺意を抱いたことがある。これは大きいのではないかと思います。きっとトーヤはあそこまで追い詰めてもルギは自分に何もできない、そう思っていたのではないですか?」  その通りだった。  八年前、ダルに本心を話した時にも言っている。マユリアの命がない限りルギにはどうしようもできないということを。 「もしも実際にマユリアからそのような命令があったとしても、ルギには難しかったのではないかと思います。それはもっと昔、ルギがあの洞窟を王宮へ続くと勘違いして駆け抜けた時のことでも分かるでしょう」 「そうだな」  ルギは家族を亡くして「忌むべき者」として村を出された後、たった一人残った母も亡くした。  絶望したルギが考えたことは、最初はカースの村に戻って自分以外にもまた忌むべき者を出してやろうということだった。  だが結局そうはせず、次に思い浮かんだのは王宮へ続くのではと言われた洞窟を通って王宮へ行き、そこで暴れて自分の命を奪わせようということだった。 「結局ルギにはそんなことはできないんです。王宮へ方向転換したのも、カースの人達を傷つけたくなかったからではないかと思います」  今はマユリア直属の衛士として有名なルギだが、その元々はカースの漁師だ。もしも「忌むべき者」になることがなかったなら、ダルや他の村の者たちと同じように、静かにあの村で漁師の一人として生きていたに違いない。 「そうだな。きっと頼りがいのある漁師になってただろうな」  トーヤはそう言ってダルの兄であるダナンやダリオ、その父であるサディ、祖父の村長や、他の村人たちの顔を思い浮かべた。  今はあそこにルギが並ぶことは到底想像できないが、本来ならそうだったのだ。 「ルギも今回のことに深く関わる者、大きな運命に巻き込まれた者ってことか」  アランが耐えかねるようにため息をついてそう言った。  シャンタルはともかく、ベルまで何も言わずに聞いているのは、それだけそのことが深刻だと理解できているからだろう。 「俺は八年前、ルギには俺をどうにもできん、なぜならマユリアの命がないからだと言ったが、今回はあるかも知れん。その上で本来ならルギには到底生まれることがなかっただろう殺意、それを引き出していることが問題だ、そういう話だな」 「そうです」  ミーヤは固い表情で続ける。 「もしもどちらか片一方、八年前のルギのトーヤへのそのような気持ち、それから今回はあるかも知れないマユリアの命、その一つだけならルギはトーヤの命を本当に奪おうなどと思わないと思うんです」 「マユリアの命があってもか?」 「ええ」  ミーヤは断言する。 「トーヤは私のこともシャンタリオの人間だと言いました。だからこそ分かります。シャンタリオの人間が、そう簡単にそんなことをできるはずがないと。私のような侍女や衛士には特に」  ミーヤはシャンタル宮の侍女だ。だからこそ、一般のシャンタリオ人よりはさらにその気持ちは強いのだろうが、それはルギにも同じことが言えるだろう。  一般のシャンタリオ人ではなく、シャンタリオ宮で女神に仕える衛士だからこそ、より一層(けが)れを受けるような行動は取れない。 「きっと迷いが出たはずです、どちらか片一方だけなら。でも両方揃ってしまったら、ルギは躊躇(ちゅうちょ)なく……」  またミーヤは少し言葉を途切れさせた。 「ええ、きっと迷いなく、ルギはトーヤの命を奪うでしょう」  それがミーヤが一番恐れることであった。
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