試食会

11/14
前へ
/191ページ
次へ
 ゴクリと喉が鳴る。  最初にスプーンですくい上げられたのは、残念ながらアサリだった。  それを白い海へ帰してやると、再び、目的のものを探す。  ……見付けた!  すり身を口に含ませると、天にも昇るような思いだった。  すぐには噛まず、舌の上で小さな塊を転がしていく。  口の中に広がる濃厚な旨味の素は、アサリだけじゃない。  このスープには……。  この塊には……。  優しく甘噛みするように、少しだけ歯を立てるのを何度も繰り返していく。  十分に彼女を味わってから、ようやく飲み込んだ。  彼女がこの世に生まれてきて、初めて目にした両親の顔。  その目でこれまで見てきたもののすべて。  走馬灯(そうまとう)のように、自然と頭の中に流れ込んでくる。  なんだか、園田さんと一つになれた気がした。  ほかの具も、彼女の出汁(だし)が出ているスープもすべて、僕は飲み干した。  彼女を味わえる機会は、もう二度とない。  喜びで満ちあふれた余韻を少しでも長引かせようと、そっと目を閉じる。  この試食会に来て、本当によかった。  教授には、感謝しかない。  食後のデザートは、【シャインマスカットの果肉入りジェラート】だ。  酸味のない強い甘みと上品な香りが、これまで味わってきた彼女を惜しくもかき消していく。  ドアの向こうにゆっくりと消えていく後ろ姿を最後に、彼女は姿を見せなくなった。  確か、まだ最後の飲み物が残っているはずだ。  何度もドアに目をやる。
/191ページ

最初のコメントを投稿しよう!

70人が本棚に入れています
本棚に追加