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ゴクリと喉が鳴る。
最初にスプーンですくい上げられたのは、残念ながらアサリだった。
それを白い海へ帰してやると、再び、目的のものを探す。
……見付けた!
すり身を口に含ませると、天にも昇るような思いだった。
すぐには噛まず、舌の上で小さな塊を転がしていく。
口の中に広がる濃厚な旨味の素は、アサリだけじゃない。
このスープには……。
この塊には……。
優しく甘噛みするように、少しだけ歯を立てるのを何度も繰り返していく。
十分に彼女を味わってから、ようやく飲み込んだ。
彼女がこの世に生まれてきて、初めて目にした両親の顔。
その目でこれまで見てきたもののすべて。
走馬灯のように、自然と頭の中に流れ込んでくる。
なんだか、園田さんと一つになれた気がした。
ほかの具も、彼女の出汁が出ているスープもすべて、僕は飲み干した。
彼女を味わえる機会は、もう二度とない。
喜びで満ちあふれた余韻を少しでも長引かせようと、そっと目を閉じる。
この試食会に来て、本当によかった。
教授には、感謝しかない。
食後のデザートは、【シャインマスカットの果肉入りジェラート】だ。
酸味のない強い甘みと上品な香りが、これまで味わってきた彼女を惜しくもかき消していく。
ドアの向こうにゆっくりと消えていく後ろ姿を最後に、彼女は姿を見せなくなった。
確か、まだ最後の飲み物が残っているはずだ。
何度もドアに目をやる。
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