70人が本棚に入れています
本棚に追加
開く気配は、まだない。
大丈夫……なんだろうか?
今頃になって、彼女が心配になってきた。
と、その時、ドアが開いた。
現れたのは、グレーのシャツに黒いエプロン姿の嘉庭教授だった。
手にしたトレイに、飲み物を乗せている。
僕は慌てて立ち上がった。
「教授、今日は……ありがとうございました! あ、いや、ごちそうさまでした!」
目の前の教授に、緊張が一気に押し寄せてきた。
「こちらこそ。座ったままで構わないよ」
教授は、僕の前にカップのセットを置いた。
袖をまくっている腕には、たくましい筋肉がついている。
細身に見えていたけれど、実は筋肉質なのかもしれない。
教授が手にしたティーポットには、茶葉が沈んでいる。
紅茶、だろうか?
湯気を立てた薄黄色の液体がカップに注がれると、嗅ぎ慣れた香りが漂ってきた。
爽やかな……ほんのりと甘い香り。
彼女の香りだ。
「コーヒーが苦手だと聞いたからね。【ハーブティー】にしてみたんだ」
「す、すみません。ありがとうございます」
このいい香りは、カモミールらしい。
「さぁ、どうぞ」
教授が角隣に腰を下ろした。
手にしたカップを口に運ぶと、彼女の香りが僕の身体に染みわたっていく。
デザートで消え失せてしまった、彼女との思い出。
カモミールの香りは、一瞬でそれをよみがえらせてくれた。
最初のコメントを投稿しよう!