牢獄

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 この本館の一番奥には、別棟(べつむね)に繋がる唯一の連絡通路がある。  別棟は二つあって、目的によって居住区が分かれていた。  新薬の治験を受けている人。  肉として出荷を待つ人。  特別な仔羊達の主な出荷先は、全国に四店舗ある『オビス』だ。  店があるのは、東京、大阪、名古屋、札幌。  ほかにも各地で開催される会合や、依頼があれば個人宅にも出荷される。  僕は足を止めた。  目の前のドアには、『A棟・治験管理室』のプレートがある。  新薬の治験と、治験者を管理している部屋だ。  この部屋の反対側にあるのは、『B棟・特別管理室』。  出荷を待つ人達の飼育と管理をしている。  僕は立ち止まったまま、廊下の奥へ目をやった。  殺風景で頑丈そうな鋼鉄の扉が二つ、並んでいる。  その奥は、窓もない連絡通路だ。  左の『A棟』とある扉の先は、新薬の治験者達。  右の『B棟』の扉の先は、特別な仔羊達。  どちらも一度入ったら、最後。  二度と生きては出られない。  かつて、僕には二つの選択肢があったが、あの扉をくぐった人達には、それもない。  食肉用として生まれた家畜の運命が決まっているように。  実験用として生まれた動物の最後が殺処分されるように。  どちらも明るい未来は、ない。  同情したところで、何の意味もない。  何も変えられない。  僕達の嗜好(しこう)と新薬の開発、という未来を(にな)う尊い犠牲だ。  人が人を食らう。  人が人を実験する。  いくら倫理に反していても必要とされている以上、誰にも止められない。
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