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特別管理室にも挨拶をしてから外に出ると、空は薄い夕闇に包まれていた。
苗島さんと話し込んでいたせいで、すっかり遅くなってしまった。
車を走らせていくにつれ、闇の色が濃くなっていく。
開発室に戻ると、すでに二人の社員は帰宅したあとだった。
残っていたのは、水森さんだけだ。
「すみません、遅くなりました」
水森さんは、実験用マウスのケージの前に立っていた。
声を掛けても反応がない。
「水森さん?」
ようやく水森さんが振り向いた。
「あ、滝城専……滝城さん。直帰しなかったんですか?」
「えっと、仕事でやり残したことがあった気がして」
時間が時間だけに、牧場からまっすぐ家に帰ってもよかった。
だが、水森さんがまだ会社に残っていると思うと、そのまま家に帰る気にはなれなかった。
どのみち、社用車も会社に返却しなければならない。
「マウスが、どうかしました?」
「あ、いえ……なんでもありません」
ケージに目をやると、真っ白なマウスの動きが鈍いように見えた。
たどたどしい足取りで少し歩いては、すぐに止まってしまう。
あからさまに元気がない。
それに、時々ひっくり返っては、苦しそうに喘いでいる。
僕がここに戻ってきた時、水森さんは思い詰めたような顔でマウスを見ていた。
もしかしたら、日に日に弱っていく小さな生き物に、自分の母親を重ねていたのかもしれない。
「水森さん。この仕事のこと、どう思ってますか?」
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