牢獄

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 そう訊いてから、僕は付け加えた。 「専務じゃなくて、サブリーダーとしての純粋な疑問です」  水森さんは僕と目が合うと、視線を落として小さく息を吐いた。 「滝城さんだから言いますが……」  顔をうつむかせたまま、言いづらそうに口を開いた。 「正直、子供達には胸を張れる仕事ではない、と思ってます。病気を治すための薬、じゃないので……」  確かに、ここで開発している薬は、世の為になるものとは真逆の目的だ。  水森さんも十分にそれを分かっている。  チームのほかの二人も知らされていないとはいえ、薄々気付いているはずだ。  たとえ、どういう目的だろうが、二人の様子は気にしていないように見える。  だが、この水森さんは違った。 「子供を三人も抱えて、病気の親もいて、今から転職するのも無理ですし……」  水森さんが顔を上げた。 「あ、いや、今の仕事も十分に責任を感じてます。でも……」  そう言って、言葉を詰まらせた。  僕は黙ったまま、さらなる本音を待った。 「本当は親の病気を治せる薬を開発できたら……いいんでしょうけど」  水森さんの目に、うっすらと涙が浮かんでいる。  家族が病気になれば、そう思うのが当然だろう。 「その薬、一緒に開発しましょう。ただし、今開発中の薬が完成してから、ですが」 「ありがとうございます! ありがとう……ございます」  水森さんの目から、涙がこぼれ落ちた。
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