牢獄

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「おっと、すまない。昔のクセは、そう簡単に直らないね」 「いえ、大丈夫です」  教授は僕の全身をジロジロと見ている。 「真君は見るたびに、なんだか(たくま)しくなっていくね」  教授は()()れしく僕の二の腕を掴んできた。 「ジムに通ってますから」  週に二度、僕はジムに通っていた。  昔のような貧弱な身体ではいられない。  目の前の教授は、今も相変わらず若く見える。  教授と顔を合わせるのは、会合だけだ。  あれから個人的には一度も会っていない。  憧れて、信頼していた教授の裏切り。  教授にとっては、そうじゃなかったのかもしれないが……。  できることなら、教授には会いたくなかった。  以前のように振舞うことはできない。  どんなふうに言葉を交わし、どんなふうに接していいのかも分からなかった。  少しして、ようやく参加者全員が揃った。  テーブルに着くと、それぞれの席には乾杯用のシャンパングラスが置かれていた。  あの小さなグラスだ。  全員のグラスに、教授がシャンパンを注いで回っていく。  僕のグラスにもノンアルコールのシャンパンが注がれた。    喉の奥が締め付けられる。  目が泳いでしまう。  身体が震えるのを僕は必死で抑えていた。  いくら記憶から消そうとしても、身体がすべてを覚えている。  僕は今もトラウマに苦しめられていた。
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